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「見えないキューピッド」

穏やかな春の日差しとは対照的に、アパートを出た彼女の足取りは重く、その心は憂鬱だった。
出社する前に郵便受けを確認すると、また見慣れた手紙が投函されていたのだ。
何冊かの雑誌から切り取ったと思われる文字が貼り付けられた不気味な手紙で、差出人は不明。
それが届くようになったのは、二週間ほど前からだった。
警察にも相談したが、実害がないという理由で取り合ってくれない。
最近では、どこで番号を知られたのか分からないが、気味の悪い電話までかかってくるようになっていた。

昼休みになり、昼食をとろうと席を立った彼女に、顔見知りの同僚が話しかけてきた。
「どうかしたのかい?顔色が優れないようだけど……」
彼女は話すべきか迷ったが、少し考えてから口を開いた。
「実は――」
悩みを打ち明けられた同僚の男は、いかにも心配そうな表情を浮かべ、親身になって耳を傾けてくれた。
「なるほど……それは災難だね……。分かった。僕でよければ、いつでも力になるよ」
そう言った後で、彼は的確な助言を与えてくれた。
「君の電話番号だけど、おそらくゴミ袋を物色して、携帯電話の請求書か何かから知ったんだと思う。ゴミというのは個人情報の塊だからね。気を付けた方がいいよ。書類の類は、できるだけ細かくしてから捨てるべきだね」
彼女は納得し、その通りにした。
また、電話番号も変えた。
すると、もう得体の知れない人物からの電話はかかってこなくなった。
事態が好転したことを感じた彼女は、ようやく安心することができたが、まだ完全とは言えない。
あの奇怪な手紙の方は、相変わらず送られ続けているままだ。
これがなくならない限り、枕を高くして眠ることはできないだろう。
例の彼は、それからも何かと気を使ってくれた。
遅い時間に帰るのが怖いと言う彼女のために、早く帰宅できるように仕事を代わってくれたりもした。
そのことに対して彼女は深く感謝し、ささやかなお礼をするために、彼を夕食に誘った。
それをきっかけにして、二人はデートを重ね、徐々に親密な関係になっていった。
彼らの絆が強まるにつれて、いつの間にか、あの手紙が来ることも少なくなっていた。

「あら、帰るの?泊まっていけばいいのに」
「いや、今日は帰るよ。ちょっとした用事があってね」
浮気を疑ったのだろう。
彼女の表情が曇ったのを察して、間を置かずに彼が言った。
「参ったな、そんな顔をしないでくれ。僕には君しかいないよ。本当さ」
彼女は彼の言葉を信用した。
空が雲で覆われた月のない夜――外は真っ暗だ。
アパートの入口で彼を見送った彼女は、無意識に郵便受けを確認した。
その中には何もなく、ただ空っぽだった。
――感謝してるって言ったら変だけど……。あの気持ち悪い手紙や電話が、彼と付き合うきっかけになったのよね……。
やがて彼女は、ゆっくりと階段を上り始めた。

彼女の部屋を出た男は、途中でコンビニに立ち寄り、数冊の週刊誌と二本の缶ビールを買った。
帰宅して自室に入ると、机の上にビニール袋を置いて、オーディオのスイッチを入れた。
缶ビールを取り出して一口飲んでから、上から二番目の引き出しを開ける。
スピーカーから流れているのは、彼のお気に入りの曲だ。
あいにく曲のタイトルや演奏しているアーティストは忘れてしまったが、そんなものは彼にとって不要な情報だった。
――もう十分だろうか?いや、念には念を入れておこう。それに、これはなかなか楽しい作業だしな。
彼の手には、大振りの鋏が握られていた。
蛍光灯の明かりの下で、男は鼻歌を歌いながら、上機嫌で週刊誌を切り抜き始めた。


[完]
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研究員D

Author:研究員D
「ギリギリ映らない画面端にいるエキストラ研究員」のイメージというのが名前の由来。
基本的に特撮ヲタ。
また、マイナーなものに惹かれる体質。
特撮全般および一部のアニメや漫画(マイナー作品とか古いの)を愛する。

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