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打ち寄せる波は砂の城を崩す――その12(完)――

『スタンド』を戻した李依は、呼吸を乱しながら、その場に倒れ込んだ。
跳ねた泥が頬に飛び散る。
おぼつかない手つきで、それを拭うと、李依は目を閉じた。
何だか酷く疲れた。
そのせいだろうか――早く立ち去らなければいけないというのに、李依の心は、取り留めのない物思いに耽り始めていた。
――……どうして私は、こんな所にいるんだろう。
――そう……私は必死で逃げてきた。……何から?
――刑務所から?
――何の為に?
――自由になる為に?
――脱獄して逃げ切れば、自由になれるの?元通りの私になれるの?それなら、どこまで逃げ続ければいいの?
――いいえ……。本当は最初から分かっていたんじゃないの?認めたくなかっただけ……。
――何をしようと、あの頃に戻ることは出来ない……。
――こうして逃げ回っていても、先にあるのは暗闇だけ……。未来なんてない。
――私は、見せかけの希望に踊らされている……。光の中に進むつもりで、自分から、もっと暗い闇の中をデタラメに突き進んでいる……。
――冷静に考えれば分かることなのに、私は……。
李依の唇が持ち上がり、そこに自嘲の笑みが浮かんだ。
片方の手で、顔を覆う。
その下で、大粒の涙が、ぽろぽろとこぼれ落ちていった。
――もう疲れた……。もう嫌……。誰か、助けて……!
先程までの闘い――初めての『スタンド使い』同士の闘いが終わり、その緊張がなくなったためか、あるいは李依の精神が限界を超えたのか、このまま何処までも逃げてやろうという李依の決意は崩れようとしていた。
熱い涙が止めどなく伝う。
いつの間にか、李依は嗚咽していた。
――私は刑務所から逃げていたんじゃない……。私は、今の私自身と向き合うことから逃げていた……。
自分自身と向き合うのが怖かった……。私は、今を受け入れたくなかった……!こんなのは、本当の私じゃないと叫びたかった!だから、過去に縋っていたかった……!
李依は、これまでの自分の行動が、単純な逃走ではなく、辛い現実からの逃避であったことを“自覚”した。
脱獄して以来『スタンド』を使い続けたことによる精神力の消耗、身体の疲労、闘いで負った負傷とが、李依から力を奪い、逃走に対する諦めの気持ちが生まれたことで、逆に自己を客観的に見つめ直すきっかけになったのだ。
――私が逃げたから、こんな目に合っている……。
私が“今”から逃げたから……。
私は……逃げてはいけないのに……。
そこで李依は、ついさっき“砂”に変えた少年のことを思い出した。
彼の恐怖に怯えた顔と、涙に濡れた瞳が脳裏に浮かび、消えていった。
――あの子……泣いてたな……。私が泣かせたのか……。
自分の為に、無抵抗の人間を平気で傷付ける。
それは、自分が捕まる原因になった例の事件と同じではないだろうか。
あの時は、女性を助けるという正当な理由があったが、途中から、「こんなクズなら、どれだけ痛めつけても文句は言われない」という嗜虐的な気持ちが頭をもたげていたことは否定出来ない。
今だって、あの少年は、自分とは何の関係もなかったのだ。
それを思うと、誰かに救いを求めた自分が、どれだけ都合の良いことを考えていたかに思い至った。
――私を追い詰めていたのに攻撃を止めてくれた、あの子を傷付けて……私と同じように苦しませて……悲しませておいて……。
これでは、あの時から、自分は何も変わっていないことになる。
本当に光の中に戻りたいと願うなら、逃げるのではなく、立ち向かわなくては……。
そして、自分が立ち向かうべきものは、他の誰でもない――自分自身だ。
――私は……“前”に進まなきゃいけない……。プロボクサーだった“過去”でも、囚人の“今”でもなく、新しい“未来”に進んでいきたい……。その為には、まず自分と向き合い、“今”を乗り越えなくては……。
李依は、ぐいと涙を拭いて空を見つめた。
――戻ろう。どうせ、私は、あの生活には慣れている……。
曇天ではあるが、雲の隙間から、細く弱々しい光が差し込み出している。
李依の身体から分離するかのように現れた『プレイグス』が、その手をかざした。
『プレイグス』が“砂”にしたものは、時間が経つと自然に元の姿に戻るとはいえ、早い方が良いに決まっている。
――今、私が巻き込んでしまった、この子を助けてあげられるのは、私だけなんだから……。

気付いた時、少年は空を見上げていた。
遠くを飛んでいるせいで、豆粒のように小さく見える白い旅客機が、目の前を横切っていった。
頭が朦朧として、はっきりしない。
ぼんやりと旅客機を見送ってから、だるそうに起き上がった少年――坂木孝史は、無意識に音のする方へ顔を向けた。
入口の金網が開き、その前に女の後ろ姿があった。
途端に、これまで起こった出来事の全てが、高品質のレーザープリンターで印刷したように鮮明に思い出せた。
女が振り向いた。
孝史は咄嗟に身構えたが、彼女の表情には、もう“敵意”は見られなかった。
感じられるのは、深い“悲しみ”だけだった。
怪訝に思った孝文は、何か言おうとして口を開きかけたが、言葉は出てこなかった。
それを見た女――石神李依も、また何も言わずに、一瞬だけ安心したような表情を浮かべた。
李依は前に向き直り、そのまま建設現場の外に出ていった――。
互いに名前さえ知らない二人の遭遇と闘いの全てが終わった。
李依の名前と、彼女が必死になっていた理由を孝文が知るのは、その夜に見た、“逃亡中の脱獄囚が自首した”というニュースによってであった。
だからといって、李依の人生や思いといったものを、孝史が理解したという訳ではない。
ただ、“敵”であった筈の彼女の表情――今までに見たことのないような、その悲しい表情だけは、何日経っても忘れることが出来なかった……。

[完]
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プロフィール

研究員D

Author:研究員D
「ギリギリ映らない画面端にいるエキストラ研究員」のイメージというのが名前の由来。
基本的に特撮ヲタ。
また、マイナーなものに惹かれる体質。
特撮全般および一部のアニメや漫画(マイナー作品とか古いの)を愛する。

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