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打ち寄せる波は砂の城を崩す―その2―

「ふわあああぁぁぁ……」
その女が、チンピラ数人の口を封じてから15時間後――。
S町を基準にして、町を二つ挟んだ場所に位置するF町の歩道を、学校帰りらしい一人の高校生が大欠伸をしながら歩いていた。
何処となく飄々とした――悪く言えば、やる気のなさそうな雰囲気を持つ少年だ。
彼は、ごく普通の一般的な男子高校生だった。
学年は二年生で、成績順位に関しては下から数えた方が早いが、不良という訳でもなく、毎日それなりに楽しく暮らしている。
学校では気心の知れた友達と馬鹿話で盛り上がり、特に部活動もしていない為、授業が終われば家に帰るだけだ。
――さっさと帰って、クーラーつけて、キンキンに冷えたコーラでも飲みながら、パソコンが立ち上がるまでの間に漫画でも読もう。汗かいてるからシャワーも浴びたいし……。
今後の行動を頭の中でシミュレーションしながら歩いていると、サイレンを鳴らして走るパトカーと擦れ違った。
さっきから、やけにパトカーが多いような気がする。
学校を出て、これでもう五台目だ。
「……?ま、俺には関係ないか。なんか最近マンネリだなあ。……もっと刺激っていうか、人生に“ハリ”があった方がいいのかな……」
しばらく歩き続けると、日中でも薄暗いガード下に差し掛かった。
今のような夏場は、うるさい程の蝉の声や痛いくらいに照りつける日差しから、一時でも遠ざかれるのが有難い。
ここは、彼がいつも通る道だった。
ずっと昔から変わりばえしない場所であり、従って意識することなど何一つない。
いちいち頭で考えて呼吸をする人間がいないのと同じだ。
そんなことよりも、他に考えるべきことはいくらでもある。
――だが、普段は何事もなく、見慣れている場所だからといって、“本当に何も起こらない”と言い切れるだろうか?
少年が奥の方に視線を向けると、そこに誰かが立っているのが見えた。
何となく気になって、不自然に思われないような程度に観察してみる。
こちらに背中を向けている為、顔立ちまでは分からないが、体つきからして、どうやら女のようだった。
女性にしては背が高いのが目立つ。
166……いや、170㎝近くはありそうだ。
引き締まったウエストや、タンクトップから露出している二の腕についた適度な筋肉を見ると、何かスポーツをやっているのかもしれない。
右手と左上腕部には、何か白いものが巻かれているが、どうやら包帯のようだ。
怪我をしているのだろうか?
――後姿だけだと、結構美人っぽい感じだなぁ。失礼なのは分かってるんだけどさぁ、こういうのって確認したくなるんだよなぁ。
だが、それよりも少年の注意を引いたのは、彼女の足元に広がっているものだった。
近付くにつれて、それが何なのかが分かった。
それは大量の“砂”だった。
一旦バケツに詰めた後で、そこら中にひっくり返したかのように、派手にぶちまけられている。
少年が不自然に感じたのは、この辺りはアスファルトで舗装された道しかないことを知っていたからである。
また、今は止んでいるが、昨日から降り続いている断続的な雨は、強い風を伴ってガード下まで吹き込んできていた。
その為、本来は屋根になる部分があるガード下の道路も、雨に濡れた状態にある。
“濡れた路面”に“渇いた砂”という取り合わせは、どうにも矛盾しているように思えてならない。
多分、実際は何でもない事だろうが、どうも気になる。
――なんで、こんな所に“砂”が?たいした事じゃないと思うけど……。普段は何も起こらない場所だから、逆に、いつもと違う所があると自然に目が行くんだろうな、きっと。
自分を納得させ、そのまま立ち止まらずに歩みを進めていくと、前方にいた女が振り向いた。
自分以外の人間がいるということに、ようやく気付いたらしい。
間の悪いことに、丁度バッチリ目が合ってしまった。
不幸中の幸いというか、ここで初めて、正面から女の顔を確認することが出来た。
シャープな輪郭と鋭い眼光からは、まさに男勝りといった印象を受ける。
相手を威嚇するかのように猛々しい金色に染め上げられた短い頭髪と、首にかけられたタグ付きのゴールドアクセサリーも、そのイメージを強めるのに一役買っている。
しかし、少年の予想通り、なかなか器量自体は悪くないようだ。
だが、どうも様子がおかしい。
気のせいか、何だか怖い顔で睨まれているような……。
――ヤッベ、もしかして変に思われたのか?そんなにジロジロ見てたつもりはないのに……。
どうしようか迷っている内に、女は少しも躊躇わずに、少年の方へ歩いてきた。
「あー、あの……」
何か文句を言われる前に、とりあえず頭でも下げておこうかと考えていた少年は、自分の目を疑った。
こちらに向かってくる女の傍らに、おかしなものがいる。
まず人には見えない。
その何者かは、例えるなら“首のない石像”とでも表現するべき異様な姿をしていたからだ。
少年の目前で、“石像”の太い腕が振り被られる。
――こ、これは……!?食らったら“まずいッ!”
恐るべき危機を知らせる直感が、電気信号となって脳を駆け巡り、神経を伝わり、少年の身体を動かす。
その“石像”から明確な“敵意”を感じ取った少年は、持っていた鞄を咄嗟に前方へ掲げ、重そうな拳を受け止めた。
「!?」
それを見た女の表情が、驚きの色に変わる。
少年が衝撃を感じたのは、ほんの一瞬だった。
“石像”の攻撃を食らった途端、鞄が“砂”に変化し、瞬く間に形を失って崩れ落ちた。
鞄の中に入っていた教科書やノートや雑誌、またその他のものが、全部まとめて砂の上へ滑り落ちる。
「う、うわッ!?」
手ぶらになった少年は、ほうほうの体でガード下から駆け出した。
それを逃がすまいとして、女が追いすがる。
彼女にとって、少年を家に帰す訳にいかない理由は二つあった。
少年がガード下を通りかかる少し前、付近を巡回していた数名の警官は、脱獄囚である女――石神李依によって、既に“砂”へと変えられていた。
これは止むを得なかった。
仕掛けなければ、危うく応援を呼ばれてしまう所だったのだ。
――ただでさえ、居場所を特定されかけているというのに……。
S町で車を手に入れたまでは良かったが、運悪くナンバーを覚えられていたせいで、すぐに乗り捨てることを余儀なくされてしまったのが失敗だった。
なんとかS町を脱出することは出来たものの、徒歩による移動では、行ける距離もたかが知れている。
しかし、警戒が厳しくなっている今となっては、足を手に入れるのは難しいだろう。
このままでは、いずれ捕まるのも時間の問題だ。
李依は、確実に追い詰められていた――。
心身ともに極度に疲弊した李依は、精神的にも張り詰めて、もう限界に近かった。
だからこそ、警官を“砂”にする現場を少年に目撃されたと思い込み、一も二もなく口を封じなければならないという衝動に駆られたのも、無理のない話だった。
この少年が、ニュースか何かで自分のことを知っているか知らないかなど、この際どうでもいい。
人間を砂に変えるという行為自体が、大いに人目を引き、記憶の中に強く残ってしまうものであることに変わりはないからだ。
それだけではない。
もっと見過ごせないのは、彼が『ザ・プレイグス』の攻撃を防御したという点である。
日付が変わる直前の深夜に出会った、あの人物――『矢の男』が語った言葉が思い起こされる。
「『スタンド』を認識し、『スタンド使い』を止めることが出来るのは、同じ『スタンド使い』だけだ」――彼は、そう言い残した。
――あの子、『プレイグス』が見えていた……!つまり『スタンド使い』!それなら、なおさら放置してはおけないッ!
少年自身の意志は関係ない。
彼が持っている“力”が問題なのだ。
“力”とは、必ずしも意志と関係してはいない。
自分を止めてしまうかもしれない可能性を持っているというだけでも、攻撃するには十分な理由だ。
李依は、走りながら少年の背中を目で追っていた。
それぞれ6~7m離れた位置にいる二人は、共に全力疾走の状態にある。
この時、もし李依が万全のコンディションであれば、少年は、あっという間に距離を詰められて捕まってしまっただろう。
だが、まともな食事や睡眠をとっておらず、既に疲労を重ねていた李依は本調子ではなかった。
その為、持ち前の体力と運動神経を以ってしても、二人の間にある差は、なかなか埋まらなかったのである。
ガード下を出て直線を駆け抜け、一番最初の角を少年が左に曲がる。
李依も、すぐに追いかけるが、見える範囲には、もう誰もいなかった。
少年の姿が李依の視界から外れたのは、ほんの数秒間という短い時間だった。
それにもかかわらず、どうやら見失ってしまったらしい。
少年にとっては、ここは慣れた場所で、何処にどんな道があるのか把握しているが、李依にしてみれば初めての土地だった。
地の利が大きく作用した結果だ。
かくして、してやられて少年に逃げられた李依だったが、まだ諦めてはいなかった。
このまま彼を野放しにしておけば、今度こそ警察の包囲の中に閉じ込められてしまう――李依は、そう考えていた。
いくら自分に『スタンド能力』があるとはいえ、周辺を警戒している全ての警官を一ヶ所に集められてしまえば、それらを追い散らして突破することは不可能に近い。
李依は、鞄が“砂”に変化したことで周囲に散乱した品物の中に、携帯電話があったのを見過ごさなかった。
つまり、あの少年は、今は連絡手段を持っていないことになる。
それに、つい今しがた“砂”にした警官達は、連絡していない訳だから、追加の人間がすぐに駆けつけてくることもないと思う。
ただ、彼らと連絡がつかないことが分かれば、異常があったと悟られるだろう。
とにかく、早く見つけ出さなければならない。
――あの子が、他の人間と接触してしまう前に……!
そんなに遠くには行ってない筈だ……。
恐らく、何処かに隠れて、やり過ごそうというつもりに違いない。
李依は、野生の豹を思わせるような視線を巡らせた。
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研究員D

Author:研究員D
「ギリギリ映らない画面端にいるエキストラ研究員」のイメージというのが名前の由来。
基本的に特撮ヲタ。
また、マイナーなものに惹かれる体質。
特撮全般および一部のアニメや漫画(マイナー作品とか古いの)を愛する。

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