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BlueMary or BloodyMary

何の脈絡もなく唐突に。
餓狼伝説およびKOFの登場人物の一人であるブルー・マリーを主役にした二次です。
ひたすら愛してます。ただそれだけ。
ネタ自体はかなり前から考えてました。
タイトルは、両方とも頭文字がBだから、対にしたらいいんじゃないかと思ってつけてみました。
ブラッディー・マリーっていうカクテルは本当にあるし。
あ、脳内設定とか色々とおかしい所があるのは言うまでもありません。



彼女――“ブルー・マリー”が引き受けた依頼は、いつも通りに危険が伴うものだった。
マリーは、自他共に認める最高級の実力を持つ、フリーランスのエージェントである。
“ブルー・マリー”という名前は、コードネームであり、その本名を知る者は数少ない。
彼女が、今回の仕事を請け負ったのは、数週間前に遡る。
業界内で巨大なシェアを持つ大手の銃器メーカー――ヴィクター&ウィリアム社の倉庫から、多数の銃器類が紛失している形跡があるという。
内偵調査を実施した結果、それらに関する販売記録が巧妙に改竄されていることから、内部の人間による横領事件と思われた。
警察は、社員に気付かれないよう秘密裏に捜査をしたものの、容疑者は特定されていない。
ただ、一丁や二丁が誤魔化されているのではなく、数が多い点を見ると、偽装工作を行ったと思われる社員が、自分で使う為に盗んだとは考えられない。
よって、横領した銃器を外部に納入している可能性――つまり横流しが行われている疑いが浮上したのだ。
国内に潜伏している反政府組織を追っていた連邦捜査局は、彼らが何処からか武器を調達しているらしいという情報を得ていたため、この一件との間に関連性を見出した。
即ち、ヴィクター&ウィリアム社の社員が、テロリズム信奉者に武器を提供しているのではないかという仮説を立てたのである。
しかし、明確な証拠が存在しない以上は、あくまでも推測の域を出ないものであった。
それに加えて、別件の大規模な凶悪犯罪に対応しなければならない当局は、先に述べた仮説を立証する為の捜査に割く人手が不足していた。
こういった経緯によって、公の機関に属さない民間の強みを持ち、自らの判断で自由に行動することが出来るマリーに白羽の矢が立てられたのだ。
マリーに与えられた役目は、クライアントである連邦捜査局に代わって実態を調査し、疑惑の真偽を明らかにすることだった。
彼女からの報告があるまでは、事件に対する地元警察の捜査も一時的に差し止めるそうだ。
厄介な仕事だったが、彼女には一抹の不安さえなく、必ず成し遂げられるという確固たる自信があった。
何故なら、マリーにはプロフェッショナルとしての揺るぎないプライドがあり、それは決してブラフではないからである。
つまり、プライドに見合うだけの実力を持っているのだ。
彼女の仕事は、まず横領事件の全貌を把握するところから始まった。
調査を進める内に、アレクシス・オースティンという若い社員が忽然と失踪していることが分かる。
そして、結婚を間近に控えていた彼の身辺を調べた結果、内部告発を防ぐ為の口封じが行われた事実を突き止めたのだ。
オースティンの上司であった中間管理職――デイヴ・バークレイに行き着いたマリーは、遂に証拠を掴み、彼がテロリストと繋がっていることを確信するに至る。
また、バークレイから品物を受け取っている構成員が、組織の実質的な№4であることが判明したのだ。
仲間内では“赤毛のジャック”と呼ばれているらしいが、恐らく偽名であろう。
この男は抜け目がなく、今までに何度も捜査機関の追跡から逃れている。
もし、マリーの背後にいるクライアントが本格的に動けば、すぐに手の届かない所に逃げ出してしまうだろう。
こうして、両者の承諾に基づき、当初の契約内容に、テロリストの逮捕という事項が新たに追加されたのである。
その為に、マリーにはクライアントを通じて、合衆国の政府機関から一時的な逮捕権が与えられた。
これを行使し、容疑者の身柄を拘束して引き渡す手筈になっている。

「――どうやら、あまりスマートにはいきそうにないわね」
ショートボブにした金髪が、吹き抜けていった一陣の風に揺れる。
肘まで捲った革ジャンの袖口から伸びた右手が、それを押さえた。
彼女の外見について短く表現すれば、野生の猫科動物を思わせるスタイル――もしくは機能美の極致とでも言おうか。
鍛錬によって極限まで洗練され、トップアスリートのように引き締まった筋肉質のプロポーションには一切の無駄がなく、見る者に力強さを備えた美しさを感じさせる。
愛車の大型バイクに跨ったマリーは、夜の闇の中で、ぽつりと佇む貸しビルを、双眼鏡越しに一瞥して呟いた。
その薄汚れた外観からは、所有者である不動産会社の、ずさんな体制が透けて見えた。
決まった入居者もいないらしく、辺りは静かなものだ。
この仕事も、いよいよ大詰めに近付いている。
マリーは、バークレイと“赤毛のジャック”が、ここで接触するという情報を掴んでいた。
そのため、二時間前から張り込んでいたのだが、ようやく動きがあった。
つい今しがた、二人の男が中に入っていったのだ。
しかし、見張り役らしい男達が、ビルの入口を閉ざしてしまっている。
逮捕のチャンスは、今をおいて他にないが、そうするには、やはり多少は荒っぽい手段も使わなければならないようだ。
マリーは愛車から降りて、ビルに近付いていく――。

ビル内に侵入したマリーは、壁に身を寄せて、飛び出すタイミングを窺っていた。
見張りをしていた男達は、彼女が習得している体術の中で最も得意とするコマンドサンボによる関節技と、常時携帯しているスタンガンで自由を奪われ、黙らされている。
中には、家具の類は何一つなかった。
そのせいか、だだっ広く感じられる空間の中に、二人の男がいるだけだ。
しかし、どうも雲行きが怪しい。
マリーから見て手前にいる赤毛の男が、懐から黒光りする自動式拳銃を取り出したのだ。
それと向かい合っている形で立つ、もう一人の男は、予想外の事態に全身が硬直してしまい、動けずにいるようだった。
てっきり取り引きの現場を押さえられるかと思っていたが、様子を見ると、どうやら今度は彼が口封じの対象になってしまったらしい。
新たな武器調達ルートが見つかったのだろうか。
あるいは、自分の身に危険が迫っていることを悟ったのかもしれない。
いずれにしても、捜査機関の目を欺く為に、これまで使ってきたルートと協力者は全て切り捨てるつもりのようだ。
マリーは冷静に判断した。
自分の仕事は、“赤毛のジャック”の逮捕であって、この男の扱いは範囲外である。
つまり、彼の生死はマリーには無関係だ。
しかし、本来の任務に支障をきたさない限り、可能ならば最善を尽くすのが“ブルー・マリー”という女である。
彼女にとっての最善とは、自分が助けられる人間が目の前にいる場合、それを見過ごさないということだ。
そもそも、バークレイも犯人の一人であることに変わりはない。
自ら姿を見せたマリーは、ジャックの注意を引きつけ、追い詰められているバークレイを、ひとまず逃がしてやった。
これまで彼の周辺を調査してきた内容を踏まえて、逃げ込んで身を潜めるような場所も、おおよその見当はついているのだ。
たとえ今は捕まえられなくても、後から捕捉するのに、そう大した手間は必要ない。
連続する発砲をやり過ごしたマリーは、柱の陰に隠れる。
だが、彼女は不覚にも読み誤った。
後から来た仲間がいたらしく、それが背後から掴みかかってきたのだ。
すぐさま振り解いて投げ飛ばし、首筋にスタンガンを押し当てて失神させたものの、振り向いた彼女の目に映ったのは、立て続けに発射された弾丸に撃ち抜かれて、あえなく崩れ落ちるバークレイの姿だった。
それを目撃したマリーは、心に違和感を覚えた。
まるで、内側から滲み出した何かが這い上がってくるような奇妙な感覚だった。
しかし、幸か不幸か、マリーに対するマークは外れている。
隙を突いて素早く接近したマリーは、銃が握られているジャックの腕を掴むと、そのまま捩じ上げた。
たまらず手を放してしまったジャックだったが、咄嗟の判断で、銃を落とした直後に、それを踵で蹴って自分の後方に移動させた。
マリーを突き飛ばし、武器を手元に戻すべく駆け出す。
しかし、その目論見は阻止された。
風を切る音が後ろから聞こえたかと思うと、いきなり背中に大きな衝撃を加えられた彼の身体は、弾かれたようにつんのめり、激しい勢いで床の上を転がった。
彼を追ったマリーが、数歩の助走をつけて両足で踏み切り、渾身の跳び蹴りを浴びせたのだ。
手をついて片膝立ちになり、ジャックは顔を上げた。
「タッチダウンは決めさせてもらったわ」
彼が取り落とした拳銃の上に、ブーツを履いたマリーの足が乗っている。
鈍く光る銃身に目をやり、おもむろに拾い上げた彼女は、静かに歩み寄ると、その筒先をジャックの額に突きつけるようにして構えた。
威嚇のつもりだった。
ところが、そこで唐突に、ある記憶が鮮明に蘇り、マリーは困惑した。
忘れていた訳ではない。
ただ、あまり強く意識してしまうことは避けていたのだ。
それは、今から数年前に、大統領の護衛を務めていた父親と恋人がテロリストの凶弾によって命を奪われたという、彼女にとって忌まわしい記憶だった。
二度と会えない二人の姿と顔が脳裏を掠める。
目の前にいる男は、自分から大切な人を奪った人間と同じ種類の人間なのだ。
その生殺与奪の権利は、この手にある。
不穏な考えが頭をよぎった刹那、思いがけない事が起こった。
抗し難い程に強烈な感情が、マリーの心に生じたのである。
それは、煮え滾る溶岩の濁流となって彼女の理性を押し流そうとする。
胸に湧き上がってきたのは、とうに彼女の中から消え去っている筈の感情だった。
激しい葛藤が起こるが、心は徐々に麻痺し、頭は考えることを放棄したかのように、引き金に指がかかる。
銃弾の軌道というのは単純だ。
どこまでも無限に広がる空間を、ただ直進するだけに過ぎない。
よって、素人の撃った弾など、そうそう当たりはしない。
だが、マリーは素人ではない。
彼女は思った。
これだけ近ければ、たとえ目を閉じていても命中させられる。
普段なら、そんな考えは起こらなかった筈だ。
今の彼女は、“ブルー・マリー”のコードネームで呼ばれる凄腕のエージェントではなく、両親から与えられた“マリー・ライアン”という名前を持つ一人の女であった。
一瞬の静寂の後に、マリーは無表情のまま引き金を引いた――。

しかし、ジャックの眉間に風穴が開くことはなかった。
彼は、先程までの数分間で、あらかじめ装填されていた弾丸を全て撃ちきっていたのである。
一般的な自動式の拳銃は、弾が尽きた場合に、スライドストップと呼ばれるストッパーが跳ね上がることで、スライドが後退したまま停止して機関部が露出するホールドオープンという状態になる。
だが、ジャックが所持していた銃は、この時に機能不全を起こしており、ストッパーが働かなかったためにホールドオープンにならず、外見からは残弾の状況が分からなかったのだ。
事態を察知した彼は、マリーの持っている武器が今は何の役にも立たないと知ると、やにわに立ち上がり、再び襲いかかってきた。
マリーは決して焦らなかった。
この瞬間に、彼女は“ブルー・マリー”に戻ったのである。
眼前に迫る相手を迎え撃つことだけを考え、即座に行動に移る。
逃げずに踏み込んで、自分から距離を詰めたマリーは、身体を大きく捻った。
回転を加えて勢いを増した肘鉄を、寸分の狂いもない正確な動作で、真後ろに来ていたジャックの顔面へ叩き込む。
予測に反することのない手応えがあった。
まともに食らい、大きく仰け反ったジャックの前歯が数本へし折れ、鼻血が飛び散る。
マリーは軽く目を細めると、ステップを踏むようにして一歩後退した。
まだ彼が倒れなかったからだ。
ノーガードの状態で直撃した筈だが、元々タフなのか、何とか持ちこたえたらしい。
しかし、もう決着がついているのは明らかだった。
この場で、それを理解していないのは、未だに戦おうとしている彼だけである。
上体を起こし、ふらつきながらも相変わらず睨みつけてくるジャックの脇腹に、鋭い中段回し蹴りが突き刺さる。
今度こそ耐え切れなかったジャックは、潰れた蛙のような呻き声を上げて吹き飛び、床に頭を打って倒れ込んだ。
彼を拘束し、撃たれたバークレイに応急処置を施したマリーは、救急車を呼んだ後で、クライアントに連絡を入れた。
少し汗をかいたようだ。
ジャケットを脱ぎ、額を手の甲で拭う。
これで彼女の仕事は終わったのだ――。

“赤毛のジャック”の連行と同時に、バークレイは病院に運ばれた。
危ない状態だったが、命は取り留めたという。
動機については、複数の金融会社から多額の借金を抱えており、その負債を埋める目的で密売に手を染めたと供述しているらしい。
それから数日後、馴染みの店を訪れたマリーは、一人で物思いに耽っていた。
憂いを帯びた表情を浮かべる彼女の傍らには、コードネームの元になった青く澄んだカクテル――“ブルー・マリー”が置かれている。
それは、かつての恋人であるブッチが、マリーの為に、彼女をイメージして作らせた特別なカクテルだった。
――あの時、私は弾が無いことを知っていたの?それとも……。
ジャックに銃を向けた時、マリーは、弾が残っているかどうかに関して考えが及ばなかった。
というより、残っていると思い込んでいたのだろう。
それでも、弾が無いことを無意識の内に知っていた可能性も一応ある。
彼が撃った弾数を確認し、残りを計算していたというのは、経験の上で有り得ないことではない。
しかし、ホールドオープンしていなかった以上、その予測が本当に確実だったか定かではないのだ。
数え間違いをして、チャンバーに最後の弾丸が残されているという可能性も考えられた。
もし、一発でも弾が残っていたら、あの男は確実に死んでいたに違いない。
それにも関わらず、マリーは引き金を引くことを躊躇わなかったのだ。
そもそも、弾がないことに気付いていたなら、撃つ意味がない。
ジャックは銃の故障に思い当たっていないようだったが、引き金を引いてしまえば弾が無いことを知られてしまい、威嚇の意味がなくなる。
また、弾があると思っていたとしたら、逮捕すべき対象を殺害してしまうことになるのだから、撃つ筈がない。
どちらにせよ、撃とうとしたという行為自体が奇妙なのだ。
自分は、何をするつもりだったのか?
同じようなテロリストという理由で、無関係の他人に復讐するつもりだったのか?
過去は過去として乗り越えた筈の自分が、どうして今更になって、そんな気持ちを抱いたのかは、彼女自身にも、はっきりとは分からなかった。
――きっと、どうかしていたんだわ。私も、まだまだ甘いわね……。
優秀な格闘家を数多く輩出する家系に生まれたマリーは、ごく自然の流れで格闘技に親しみ、物心ついた時から、いつか自分も父のような仕事をしたいと思うようになる。
芽生えた志は、自らの才能を自覚することで、より強くなっていった。
そんな中で、愛する二人の悲報を聞いたのだ。
この思わぬ知らせは、マリーを絶望の淵へ突き落とした。
ありとあらゆる暗い感情で心が満たされて、何日も部屋に閉じ篭って塞ぎ込んだ。
ぶつける場所のない怒りや悲しみに悶え苦しみ、犯人の命と引き換えにすれば彼らが戻ってくるのではないかという馬鹿げた妄想が浮かんだことさえあった。
だが、死んだ人間は二度と戻ってこない。
当たり前のことが、ひどく残酷に感じられた。
それでも彼女が立ち直れたのは、事件から時間が経過したという以上に、ずっと思い抱いていた夢が心の支えになってくれたからだ。
その夢は叶った訳だが、父や恋人と似た職業を選ぶということは、二人の死から離れられず、いつも身近に感じていなければならないことでもあったのだ。
今では完全に自分のものにしているとはいえ、マリーの体術は、亡くなった二人から教わったものだった。
いわば、彼らから受け継いだという意識も手伝って、過去に対する執着心が心の中に残り続けていたのだろう。
それが意思とは無関係に膨れ上がった結果、そのまま押し潰されてしまうところだったのかもしれない。
そのような状態になったというのは、取りも直さず、痛ましい記憶を乗り越えられたと思っていながら、実際は未だに何処かで引き摺っている部分があったことを意味する。
――だとしても、私は負けない。負けたくない……!
マリーは、心の中で強く念じ、カクテルグラスを見つめた。
サウスタウンの帝王と呼ばれた男――ギース・ハワードと死闘を繰り広げたテリー・ボガードがそうであったように、復讐を決意するということは、ある意味では自分の過去に決着をつけるということである。
それをしないというのは、敢えて決着をつけないということであり、生きている限り背負った過去と闘い続けなければならないということだ。
マリーは後者の道を選んだ。
以前に起こった闘争の中でテリーと出会ってから、似た境遇を持ちながら違う道を歩く彼の姿を羨ましく感じたこともあったが、これまでの生き方を変えようとは思わなかった。
過去に囚われていないことを証明するには、今の自分で在り続ける以外にないからである。
思えば、父もブッチも、与えられた任務を全うした。
だからこそ、自分もプロに徹しなければならない。
それが二人に対する手向けにもなる筈だ。
ただ、手向けはしても、仇討ちをするつもりはない。
今の自分が、この道を歩んでいるのは、過去に囚われ、失った二人の影を追っているからでは断じてない。
あくまでも実力とプライドに裏打ちされた自分自身の意思による行動であり、それこそが彼女の信念なのだ。
――そう……。私は“ブルー・マリー”なんだから。
マリーは、この問題に一応の決着をつけて、そこで思考を中断した。
「ねえ、マスター。変なことを聞くようだけど……私は、いつもと変わりないかな」
カウンターの向こうでグラスを磨いていたマスターは、優しく答えてくれた。
「そうですねえ……。はい、いつも通りのあなたですよ。マリーさん」
「ありがとう、マスター」
グラスを空にしたマリーに、マスターが穏やかな笑顔でチェイサーを差し出した――。

店を出て、自室に戻ったマリーの足元に、彼女が飼っている愛犬のアントニオが擦り寄ってきた。
白い体毛の面積が最も広く、その中に茶色やオレンジ色の斑が混じるイングリッシュ・ポインターという犬種である。
性格は利発かつ忠実で集中力にも長け、狩猟に携わる人間からは、極めて優秀な猟犬として知られている。
スマートな体形で凛と立つ姿は実に頼もしいが、垂れて頬に接する両耳からは愛嬌も感じられる。
「アントンは良い子ね」
彼の隣に屈み込んだマリーは、その首や頭を慣れた手つきで愛撫してやった。
アントンというのは、アントニオのニックネームである。
主人に撫でられたアントンは、気持ち良さそうに鼻を鳴らした。
――大丈夫。私は、ちゃんと私でいられる。
主人の心境を読み取ったのか、じゃれついてきたアントンが、マリーの頬を舐めた。
それは、彼にとって、最大の愛情表現だった。
「あはっ、くすぐったいよ」
マリーは、口元に笑みを浮かべた。
思い返すと、あの時の自分は、復讐か信念か――あるいは過去か現在かの選択を迫られていた。
マリー自身も気付いていないが、心の奥で吹っ切れられない迷いを抱える彼女を見兼ねた誰か――それは自分だったのかもしれない――がマリーの背中を押す為に仕組んだ残酷な賭けだったのだ。
衝動に駆られて、一度は復讐を選んでしまったのは事実だが、マリーは結果的に信念を選び取ることが出来た。
それは、単に幸運の女神が味方してくれた結果だったのかもしれない。
しかし、あの一件が、マリーの秘めた信念を、より強固にするきっかけになったのは確かだった。
これからの彼女は、今まで以上に逞しく生きて、現在の自分――“ブルー・マリー”として在り続けるという信念を、どこまでも貫き通すことだろう。
その証拠に、今のマリーは、店にいた時とは打って変わって清々しい表情を浮かべていたのだから――。

[完]
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プロフィール

研究員D

Author:研究員D
「ギリギリ映らない画面端にいるエキストラ研究員」のイメージというのが名前の由来。
基本的に特撮ヲタ。
また、マイナーなものに惹かれる体質。
特撮全般および一部のアニメや漫画(マイナー作品とか古いの)を愛する。

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