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焼却炉の少女

かつて少年チャンピオンで連載されていた、あるホラーマンガの中で、個人的に好きなエピソードを、自分なりにアレンジして文章化してみました。
一話完結式のマンガ作品で、本来はちゃんとした主人公がいるのですが、その辺りは省いた上で、話の骨子だけを抽出しています。
以下にBGMを用意しましたので、もしよろしければ併せてどうぞ。






一人の中年女性が夜の学校を訪れた。
電話も通じず、なかなか帰ってこない高校生の娘を心配して捜しに来たのだ。
季節は日照時間が短くなり始める秋――既に午後七時を過ぎていることもあり、教室の明かりは全て消えている。
暗くなった校庭を見渡すが、人影らしいものは見えない。
その時だった。
「あら?」
女性は思わず声を上げた。
さっきまで誰もいないと思っていた校庭の隅で、何か動いたような気配を感じたのだ。
もしかしたら娘の同級生かもしれない。
そう考えた女性は、誘われるように人影の後を追った。

行き着いた先は、校舎の裏手にある焼却炉だった。
その前に、学校の制服である黒いセーラー服を着た少女がうずくまっていた。
長く伸びた黒髪が、背中の辺りまで垂れている。
立ち止まった女性は、彼女に声をかけた。
「あの、ちょっと」
「はい」
対する少女は、女性に背を向けたまま、振り向きもせずに応答した。
今の時間と相まって、何となく不気味に感じられたが、気にすることではないだろう。
まさか幽霊ということもあるまい。
少女の近くまで歩み寄った女性は、娘を知っているかどうか聞くことにした。
「A組の和泉景子を知りませんか?」
「私と同じクラスですけど……」
妙に抑揚のない声だが、ちゃんと生きている人間のようだ。
安心した女性は、更に尋ねた。
「それじゃ、まだ学校にいるんですか?」
「いいえ。もう校舎には誰もいません」
この地区は、市街地から離れているため、若者が遊べるような場所は、それほど多くない。
学校にいないとすると、友達の家にでも寄っているのだろうか。
盛り上がっている間に連絡を忘れるというのは、十分に考えられることだ。
以前にも似たようなことがあったが、帰ってきたら注意しておかなければ。
しかし、女性の考えをよそに、少女は意外な言葉を口にした。
「景子さんの居場所は、私が知っています」
「まあ、どこにいるんでしょう」
「でも――その前に私の話を聞いて欲しいんです」
「え?」
「あれは、一週間前のことでした……」
黒髪の少女は呟くように語り始めた……。

二年A組の和泉景子は、整ったルックスと均整のとれたスタイルを合わせ持ち、中学生の時から評判の美少女として知られていた。
景子自身も、それを知っており、まさしく自慢の種であったが、高校に進学してからの彼女を取り巻く状況は、それを助長させた。
周囲は彼女をもてはやし、ちやほやされ続けた景子は、いわば当然の流れとして、自分の美貌を利用するようになっていく。
ある時は猫なで声で甘え、また言い寄ってくる男子を顎で使うような振る舞いをする彼女は、同性から敬遠された。
だが、そういった反応は、景子にとってどうでもいいことだった。
そのようなものは、自分に自信がなく、情けない人間の戯言だと考えていたからだ。
しかし、その華やかな学校生活にも、遂に陰りが差すことになった。
隣の県にある学校から、一人の少女が転校してきたのである。
「今日は、みんなに新しい友達を紹介する」
担任教師の横に立つ少女が頭を下げた。
絹のように艶やかな黒髪を持つ、奥ゆかしい雰囲気のある少女だった。
大きな瞳と繊細な睫、筋の通った高い鼻、形の良く薄い唇――それらが見事に噛み合った美しい顔立ちだ。
「黒木理彩といいます。どうぞ宜しくお願いします」
彼女を見た生徒達は、教師に聞こえないように小さな声で口々に感想を言い合った。
「すげー綺麗じゃん」
「うん、可愛い」
「なんていうか、品があるって感じしない?」
「お嬢さんっぽいね。良い家に住んでそう」
景子は、それらの意見を鼻で笑った。
――私には平凡な顔にしか見えないわ。あんな子、どこにでもいるじゃない。それに、よく見るとニキビやソバカスだらけに決まってる。
しかし、事態は景子の考えとは裏腹に進んだ。
どちらかといえば派手な印象の景子とは異なり、気品と神秘的な魅力を備えた彼女は、男子だけではなく女子からも好かれるようになり、転校して二日も経つ頃には、クラスで最も注目される存在になっていた。
頭が良く、運動神経も優秀でありながら、それを鼻にかけることもなく、誰に対しても優しく接する理彩は、まさに理想の少女だった。
だが、景子は面白くない。
八面六臂の活躍を見せつけられると、今まで抱いてきた自信が、哀れな幻に過ぎないと言われているような感覚さえ覚えた。
ずっと自分が一番だと思ってきた彼女にとって、理彩は鬱陶しい邪魔者でしかなかった。
自分の方が上であることを証明する為に、必死で理彩を追い越そうとするが、どうしても彼女に勝つことが出来ない。
その腹いせに、理彩を誹謗中傷するような噂を流したが、彼女は全く動じないばかりか、皆が同情したことがきっかけとなって、その評価は下がるどころか学年を越えて高まるばかりだった。
靴を隠したり、教科書やノートをズタズタに切り裂き、精神的に参らせようともしたが、相変わらず理彩は平気な顔をしている。
その態度には苛ついたが、何よりも腹立たしかったのは、理彩の顔だ。
認めたくはないが、確かに彼女の顔は美しい。
――もしかしたら、私より綺麗なのかも……。
それを考える度に、景子の心は激しく乱され、あれほど強かった筈の自信は脆くも崩壊していった。
これが他の事だけなら、まだ許せた。
だが、少なくとも同じ学校の人間に顔で負けるのだけは、どうしても我慢ならない。
こうして徐々に追い詰められていった景子は、とうとう使ってはいけない最後の手段に訴えた。
「ごめんね、理彩。遅くまで手伝わせちゃってさ」
ボーイッシュな短髪の少女が理彩の肩を叩いた。
学級委員の亜紀だ。
「いいの、気にしないで。私も、この学校のこと、よく知りたいし」
理彩は、そう言って微笑んだ。
亜紀も笑って、鞄を肩にかけた。
「そっか。じゃ、一緒に帰ろう。帰りに何か奢るから」
「ええ。今日は風が冷たかったわね」
「嫌になるよねー。身体は冷えるし肌は荒れるし。あ、ちょっと待って。外に出る前に保湿クリーム塗っとくから」
「ふふ。私も、そうするわ」
恐ろしい変化が起こったのは、すぐ後だった。
両手で顔を覆った理彩が、苦しげな叫び声を上げたのである。
驚いた亜紀は、急いで彼女を保健室に連れていった。
理彩が持っていた化粧水の中に劇薬が混ぜられていたのだ――。

「――そうです。誰かが、中身をすり替えていたのです」
少女の話は、ここで終わった。
それを聞かされた女性は、何を言うべきか言葉に詰まった。
しかし、ふと頭に浮かんだことがあった。
「ま……まさか……」
「そう、犯人は和泉景子さん」
そこで初めて少女は立ち上がり、自分の顔を女性の方に向けた。
同性でも見惚れる程に美しい容姿だったが、ひどく無表情だ。
また、長い前髪が左半分を隠している。
しかし、それが単なるヘアスタイルでないことは、すぐに分かった。
次の瞬間、少女の表情が変わったのだ。
固く唇を結んだかと思うと、両目に激しい憎悪の炎を燃え立たせて髪を払いのける。
「よく見てみなさい!私の顔を!!」
「ひっ!!」
その剣幕と、現れたものを見た女性は、たまらず悲鳴を上げてしまった。
美しい少女の顔――先程まで髪に隠れていた部分は、まるで肖像画の上を濡れたスポンジで擦ったかのように、醜く爛れていたのである。
一人の人間の顔に、目に見える美醜が同居している様は、ある意味では象徴的と言えるかもしれない。
しかし、女性に出来ることは、ただ慄くことだけだった。
「今――私が、どんな気持ちでいるか、分かりますか?」
少女――黒木理彩は、再び焼却炉に向き直った。
その扉を開ける。
すると、中に何か白いものが見えた。
細いものもあり、太いものもあった。
それが何本も転がっている。
「あ、あなた……!それは……!!」
理彩は肩越しの視線を女性に投げかけた。
胸を刺すような冷たい眼差しだった。
「景子さんは、私の顔を、こんな風にしてしまったのよ。当然の報いでしょう」
それを聞いた女性は、顔を真っ青にして学校の敷地から一目散に逃げ出した。
しばらくして、複数の足音が校庭を突っ切って、焼却炉の前にいた理彩に近付いてきた。
近くの交番から駆けつけた警官を伴って、先程の女性が戻ってきたのだ。
「お巡りさん、何かあったんですか?」
髪を元に戻した理彩は、取り乱した様子もなく、平然としている。
さっき女性が目撃した、ぞっとするような恐ろしさは、微塵も感じられない。
「きみ、ちょっと来たまえ」
警官が理彩の腕をとったが、彼女は依然として落ち着いていた。
「私は何も悪いことはしていません。先生に言われて、古くなった模型を処分していただけです」
二人の警官が焼却炉を調べたが、そこにあったのは、確かに人間の骨格模型だった。
彼らは納得したらしく、女性に声をかけた。
「――奥さん。お嬢さんは、やはり友達の家で遊んでいるんでしょう。今頃は、お宅に帰っているかもしれませんよ」
「近頃の学生は何を考えているのか……。全く、人騒がせにも程がある」
理彩以外の三人は、そう言いながら校門から出ていった。
それを確認した理彩は、うっすらと唇を歪めると、どこかに歩き出した。
体育館の隣にある倉庫――その扉が開かれる。
そこにいたのは、両手を縛られ、ガムテープで口を塞がれた和泉景子の姿だった。
「これで――もう誰も、あなたを助けにこないわ」
連れ出された景子の前に、怪物を思わせる焼却炉が、大きく口を開けていた――。

二日後、黒い髪の少女が歩道を歩いている。
その後ろから、誰かが走ってきた。
少女が振り返る。
その顔は、誰が見ても賛辞を述べたくなるくらい、文句なしに美しいものだった。
「おはよっ、理彩」
笑顔で挨拶する亜紀に、理彩も穏やかに微笑み返す。
「おはよう、亜紀」

[完]



『エコエコアザラク』第二巻「ミサのいけにえ術」より
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ブランコ

一昨日に世にも奇妙な物語を見てから色々と滾った結果が以下から始まります。
これの原作は漫画作品ですが、あの身の毛もよだつオリジナルの怖さを全く表現出来ない^q^
あ、今回の世にも奇妙な物語は、個人的には「ベビートークA錠」が良かったです。





ブランコが揺れています。
乗っているのは男の子でしょうか。
それとも女の子でしょうか。
もしかすると、もっと別のものかもしれません――。

A小学校の近くには、小さな公園がある。
砂場や鉄棒があり、滑り台の隣には、象の形をした遊具が佇んでいる。
特に変わった点もなく、一見すると、何処にでもありそうな、ごく普通の公園だった。
しかし、ここに設置されているブランコには、不思議な噂がある。
夜中になると、風もないのにブランコが勝手に揺れているのだという。
そして、気になった人が近付いてみると、その上に生首が乗っているというのだ。
「ねえ、典子。あの噂って本当なのかな」
「噂?」
学校からの帰り道に、梨花と連れ立って歩いていた典子は思わず聞き返した。
二人は、共にA小学校を卒業した後、同じB中学校に通っているクラスメートだ。
日頃から仲も良く、家も近所だったので、こうして一緒に下校することが多かった。
「ああ、あれ。梨花、信じてるの?」
「そういう訳じゃないけど……。誰か見たのかなって」
「ふーん……」
今まで続いていた会話は、それきり途絶えてしまった。
典子が急に黙り込んでしまったからだ。
どうやら何か考えているらしい。
梨花は嫌な予感がした。
それを知ってか知らずか、しばらくして不意に立ち止まった典子は、きわめて明るい笑顔で言った。
「じゃあさ、行ってみようよ」
「……え?」
典子の口から出たのは、思いも寄らない言葉だった。
呆気に取られている梨花を無視して、典子は畳み掛けるように喋り始める。
「ちょっと見てみたいと思わない?今夜がいいや、塾も休みだし。ね?ね?」
「もう……。言い出したら聞かないんだから……」
梨花は気が進まなかった。
ただ話題に出しただけであって、噂を確かめるつもりなど全くなかったのだ。
しかし、典子は好奇心が強い。
おまけに、口に出したら取り消さない性格だ。
もし断ったとしても、梨花が承諾するまで、しつこく口説いてくるのは明白だった。
それを経験で知っている梨花は、典子を止めることを諦めざるを得なかった。

夜の十二時前に、梨花は例の公園に到着した。
ここで落ち合う約束だった筈だが、典子の姿は見えない。
彼女が遅刻するのは日常茶飯事とはいえ、時間が時間なだけに、待っている内に不安になってきた。
最初に典子の家に行って、合流してから来れば良かったと考えても後の祭りだ。
五分が経過し、十分を過ぎても、相変わらず典子は現れなかった。
「――遅いよ。言い出しっぺの癖してさ」
ブランコの傍らにある太い木に背中を預けた梨花は、闇の中で光っている携帯電話の画面を見つめて、ため息をついた。
さっき送ったメールの返事も、一向に返ってくる気配がない。
今の時刻は、十二時二十三分だ。
もしかしたら、すっぽかされたのかもしれない。
典子のことだから、約束していながら忘れているという可能性も考えられる。
――もう待てない。帰ろう。
携帯を閉じた梨花の背後で、何かが軋むような物音がした。
それは、彼女の近くから聞こえてくるようだ。
――え?
梨花は息を飲んだ。
空耳だと自分に言い聞かせながら、おそるおそる聞き耳を立てる。
梨花の予想通り、その正体は紛れもなく、ブランコが揺れて鳴る音だった。
はっきりと分かった時、梨花の身体は、凍ったように固まってしまった。
震えが止まらない。
冷たい手で心臓を鷲掴みにされたような気分だった。
風も吹いていないのにブランコが揺れ動いている。
噂が本当なら、上には生首が乗っている筈なのだ。
恐ろしくなった梨花は、公園から逃げることさえ出来なくなってしまった。
――典子、お願いだから早く来て……!怖い……!
両耳を塞いだ梨花は、ひたすら音が止まってくれるのを待った。
だが、彼女の心中に反して、不気味な音は鳴り止まない。
それどころか、さっきよりも大きくなっているようだ。
――早く……来て……!
耐えられなくなった梨花は、噂が根も葉もない作り話であって欲しいという祈りを込めて、息を殺して木の幹から顔を出し、ゆっくりとブランコの方に視線を移す。
その瞬間に、さっきまでが嘘のように、ブランコは、ぴたりと鳴り止んだ。
「の……」
口を開けたまま、梨花は言葉を失ったかのように絶句した。
対になった金属の棒で繋がれた板の上に、血の滴る典子の生首が乗っていた――。

[完]


『学校のコワイうわさ 花子さんがきた!!』第一巻「夜、公園のブランコに生首がのっている」より

ヴァルキュリアの憂鬱(前編)

突発的なもの第二弾。
26年前から連載されているにもかかわらず、掲載紙を転々としつつ未だに連載中、単行本も27巻が最新という漫画がありまして。
ファンの間では、作者が生きている間に完結するのかとさえ言われています。
タイトルは「強殖装甲ガイバー」。
内容は特撮番組的な要素を含む変身ヒーローものです。
何度かアニメ化されており、またハリウッドで二度実写化されたり、フィギュア化したりと一部では有名なのですが、やはりマイナージャンルに入る漫画です。
以下は、その中の登場人物の一人であるヴァルキュリアという女性キャラを主役にした二次創作です。








人気のない深夜の森を、素足で走る人影があった。
艶のある唇が開き、その隙間から短い呼気が漏れる。
土が剥き出しになっている地面を、すらりとした色の白い脚が蹴った。
その腿から腰に至るまでのラインは、かき抱きたくなる衝動を起こさせる程に、優美な曲線を描いている。
奇妙なことに、彼女は靴どころか、身体を覆うものは何一つ纏っていない。
きめ細かい肌に加えて、均整の取れた芸術品を思わせる裸身を、冷たい外気に惜しげもなく晒している。
背中まで届くブロンドや、彫りの深い深い欧州風の顔立ちは、目の覚めるような美しさだ。
しかし、露になった彼女の姿から受ける印象は、決して下品なものではなく、むしろ何者にも侵されることのない凛とした気品が感じられた。
強い意志が込められた眼差しは、毅然とした光を宿して正面を見据えている。
これら一連の光景は、背景の自然と相まって、見ようによっては幻想的でさえあった。
絵画から抜け出した美の女神――そんな表現をする者もいるかもしれない。
駆ける途中で尖った石を踏みつけたのか、その表情が僅かに歪む。
だが、立ち止まってはいられない。
彼女は走り続け、やがて開けた場所に出た。
中央には、淀んだ水を湛えた沼が、月明かりを反射して静かに煌いている。
不意に気配を感じた女が立ち止まり、警戒するように視線を巡らせた。
その刹那、濁った沼の中から、何か大きなものが飛び出してきた。
見るも恐ろしい容姿を備えた、筋骨隆々たる体躯の奇怪な怪物だ。
悪鬼が牙を剥き、今にも裸体の美女に襲いかからんとしている。
これこそ幻想の具現化――まさに御伽噺の情景に思えるが、そうではなく、紛れもない現実だった。
忽然と現れた怪物は、今や全世界を統治する存在となった組織――“クロノス”の一員として活動する生物兵器なのだ。
“降臨者”と呼ばれる異星人が、地球上に残した遺跡には、現代の科学力を遥かに超越した数多くのオーバー・テクノロジーが眠っている。
そこから発見された遺伝子操作技術を用いて、人間を“調整”――結果として生み出されるのが、“獣化兵(ゾアノイド)”と総称される改造兵士である。
しかし、迫る獣化兵を前にしても、女は逃げ出さなかった。
胸を張り、背筋を伸ばして、高らかに発声したのだ。
「――適合(アダプト)!!」

次の瞬間、女を包むような形で、大きな衝撃波が発生した。
一種のエネルギー障壁――バリアである。
それは、彼女の背後に林立する木々を、容易くなぎ倒す。
女が行った行為の真意は、立ち向かう意思を明確化し、己を戦闘形態に切り替える為のものだったのだ。
その証拠に、土埃の止んだ後に立っていたのは、先程までの裸体の女ではなかった。
シャープなフォルムと攻撃的な雰囲気を持つ細身の怪人が、楔形の眼で獣化兵を見下ろしている。
全体としての印象は、極めて生物的なものだが、緩やかな弧を描いて伸びる角の下――額の中心に位置する部分には、金属の台座と、それと組み合わさった金属球が嵌っている。
それ以外の頭部側面や、人間で言う口に当たる箇所、腰などの身体各部にも、大きさこそ違うが、額のものと似た形の金属球が埋まっていた。
これが、元クロノス監察官の女――現在は反逆者であるヴァルキュリアの、もう一つの姿なのだ。
その根源は、計り知れない戦闘力と自己再生能力を秘めた“強殖細胞”と、その機能を制御する額の金属球――“コントロール・メタル”の二つの要素から成る“強殖装甲”にある。
この強殖装甲と生体が有機的に結合して一体化、即ち“殖装”し、“殖装体”と名付けられた形態になることで力を発揮する。
特に、人類の殖装体は、他の生物が殖装した場合と比較にならない程の性能を持つため、降臨者から規格外の意味を持つ“ガイバー”という名前を与えられているのだ。
また、この世界に現れたガイバーは一体ではなく、幾つか存在する。
ヴァルキュリアが殖装したガイバーは、紫色を帯びており、“ガイバーⅡF”と呼称されていた。
クロノスの命を受けてヴァルキュリアを追跡してきた獣化兵も、ガイバーの恐るべき威力は知っている。
殖装を目の当たりにして怯んだが、命令に背く訳にはいかない、
すぐさま気を取り直し、ガイバーⅡFに向かって猛然と突進した。
対するガイバー=ヴァルキュリアは余裕の表情だ。
すると、木立の奥で、がさりと物音がした。
先陣を切った獣化兵に続けとばかりに、ガイバーⅡFの四方から、複数の獣化兵が次々に現れ出る。
しかし、ヴァルキュリアには微塵の焦りもない。
何故なら、ガイバーの両側頭部に備わっている“ヘッド・センサー”――三次元的な探査機能を持つ二つの金属球――は、彼らが姿を見せる以前から、その存在を感知・捕捉し、コントロール・メタルを通して、ヴァルキュリアに情報を伝えていたのである。
「ふん」
ヴァルキュリアは、彼らの下策を鼻で笑う。
彼女の意思に応じて、ガイバーの肘部から生えている鋭い突起が、上方向に伸長する。
高周波で振動し、対象の分子結合を解くことで、あらゆる物体を切断する刃――“高周波ソード”だ。
力強く拳を握ったガイバーⅡFは、腕を振るって、正面から向かってくる敵を斬り伏せた。
一撃で胴体を分断された獣化兵の巨体が崩れ、その死体は瞬く間に腐食して消滅した。
身体機能の停止と同時に、機密保持の為に体内に仕込まれた分解酵素が働いたのだ。
それに構うことなく、ガイバーⅡFは、返す刀で振り向きざまに再びソードを操る。
唸りを上げる刃が、後ろから掴みかかろうとしていた獣化兵の頭を斬り飛ばした。
当然の如く、後には死体さえ残らないが、獣化兵の群れは、仲間の死に目もくれずに、ガイバーめがけて襲い来る。
ガイバーⅡFは、慌てることなく、その場で軽やかに跳躍して身を躍らせ、包囲されるのを回避した。
空中で反転したガイバーの頭部――コントロール・メタルの上にある結晶体が発光する。
瞬間、細い光線が立て続けに連射され、三体の獣化兵の背中を死角から撃ち抜いた。
“ヘッド・ビーム”と呼ばれる、体内の余剰熱を利用したレーザーが照射されたのだ。
残る敵は二体のみとなった。
着地したガイバーⅡFは、両の拳を開いて前方に突き出した。
そこに、局所的な強い重力が生じる。
腰の金属球――“グラビティ・コントローラー”を駆使し、手の中に、極小サイズのワームホールを作り出しているのだ。
これを蒸発させることで生まれた衝撃波を、凄まじい速度で解き放ち、残りの獣化兵に叩き込む。
ガイバーの重力兵器――“プレッシャー・カノン”である。
チャージの時間を短縮した低威力版だが、並みの獣化兵が相手なら、仕留めるには十分だ。
腹部に大穴が開いた二体が倒れ、ヴァルキュリアを襲った獣化兵達は遂に全滅した。
最も、ガイバーにとっては、この程度の獣化兵など、たとえ数十体まとめて来ようとも、数の内には入らない。
実際、この戦いが始まってから終わるまでの時間は、一分にも満たなかった。
それにもかかわらず、ヴァルキュリアが最初は戦おうとしなかったのには理由がある。
「うッ?」
突然、コントロール・メタルが異音を発し、全体から火花が散った。
それに伴い、メタルと直結しているヴァルキュリアの脳に危険信号が伝わる。
――くッ……殖装……解除……!
強殖装甲がヴァルキュリアの肉体と分離し、虚空の彼方へ消えていく。
殖装され、特定の対象を記憶した強殖装甲は、このように異次元に格納されている。
対象――つまり“殖装者”の呼びかけに応じて、空間内に出現するのである。
後に残され、呆然と佇むヴァルキュリアの裸身には、玉の汗が滲んでいる。
――このところ余りにも連戦だったせいか、やはり一度の稼働限界が短くなっている……。いかんな……。
ヴァルキュリアは舌打ちし、目下の問題に対して頭を働かせる。
彼女が殖装した“ユニット”――強殖装甲の初期状態である形態を指す――は、不完全なものなのだ。
クロノスが遺跡から発見したオリジナルのユニットと違い、クロノス科学陣が開発した“人造コントロール・メタル”が制御装置として組み込まれている。
詳しい経緯は省くが、クロノスのアリゾナ本部に保管されていた強殖細胞のサンプルと、北米支部が管理していた人造コントロール・メタルの試作品を奪取したヴァルキュリアは、自らの目的を果たす為にユニットを構築し、殖装を行った。
こうしてガイバーとなった彼女は、クロノス北米支部統制局舎“ピラーズ・オブ・ヘブン”の内部を破壊すると共に離反――以降は反逆者として追われることになり、延々と続く戦いに身を投じることになったのだ。
先述したように、ヴァルキュリアが殖装したユニットは、オリジナルではなく、いわば模造品である。
だが、戦闘面における実質的な性能は、オリジナルと変わりない。
その点は、追跡されながらも、これまで無事でいられたことが証明している。
ただし、完全なものでない以上、やはり弊害はある。
衣類が再構成されないために、殖装を解除するつど全身の肌を晒すことになるのも、弊害の一部だ。
そのせいで、いつも代えの衣服に悩まされることになる。
だが、そんなことは今はどうでもいい。
問題なのは、もう一つの弱点――人造コントロール・メタルの稼働限界だ。
もし万が一、コントロール・メタルが稼働限界を越えれば、強殖細胞の増殖と暴走を抑えられなくなる。
そうなった場合、殖装者であるヴァルキュリアは、制御不能に陥った強殖装甲に、文字通り食われてしまうのだ。
――皮肉なものだな。追っ手よりも厄介なのが自分の身体だとは……。
さっきの七体と戦う少し前にも、別の獣化兵の一団と交戦したのだが、その時も同じようなことが起こった。
幸い、戦闘自体には苦戦していないとはいえ、命にかかわることだけに、どうしても気になる。
時間を置けば回復してくれるかもしれないが、この先も連戦状態が続くようであれば、危険は避けられないだろう。
「とりあえず、スーツケースの置いてある場所まで戻らないと……」
いつまでも、こんな格好でいる訳にもいかない。
思考を一時中断し、ヴァルキュリアは歩き出した。
しかし、殖装を解除した彼女は気付いていなかった。
というより、気付けなかった。
闇の中で、その背中を睨む眼があるということに――。

[続]

BlueMary or BloodyMary

何の脈絡もなく唐突に。
餓狼伝説およびKOFの登場人物の一人であるブルー・マリーを主役にした二次です。
ひたすら愛してます。ただそれだけ。
ネタ自体はかなり前から考えてました。
タイトルは、両方とも頭文字がBだから、対にしたらいいんじゃないかと思ってつけてみました。
ブラッディー・マリーっていうカクテルは本当にあるし。
あ、脳内設定とか色々とおかしい所があるのは言うまでもありません。



彼女――“ブルー・マリー”が引き受けた依頼は、いつも通りに危険が伴うものだった。
マリーは、自他共に認める最高級の実力を持つ、フリーランスのエージェントである。
“ブルー・マリー”という名前は、コードネームであり、その本名を知る者は数少ない。
彼女が、今回の仕事を請け負ったのは、数週間前に遡る。
業界内で巨大なシェアを持つ大手の銃器メーカー――ヴィクター&ウィリアム社の倉庫から、多数の銃器類が紛失している形跡があるという。
内偵調査を実施した結果、それらに関する販売記録が巧妙に改竄されていることから、内部の人間による横領事件と思われた。
警察は、社員に気付かれないよう秘密裏に捜査をしたものの、容疑者は特定されていない。
ただ、一丁や二丁が誤魔化されているのではなく、数が多い点を見ると、偽装工作を行ったと思われる社員が、自分で使う為に盗んだとは考えられない。
よって、横領した銃器を外部に納入している可能性――つまり横流しが行われている疑いが浮上したのだ。
国内に潜伏している反政府組織を追っていた連邦捜査局は、彼らが何処からか武器を調達しているらしいという情報を得ていたため、この一件との間に関連性を見出した。
即ち、ヴィクター&ウィリアム社の社員が、テロリズム信奉者に武器を提供しているのではないかという仮説を立てたのである。
しかし、明確な証拠が存在しない以上は、あくまでも推測の域を出ないものであった。
それに加えて、別件の大規模な凶悪犯罪に対応しなければならない当局は、先に述べた仮説を立証する為の捜査に割く人手が不足していた。
こういった経緯によって、公の機関に属さない民間の強みを持ち、自らの判断で自由に行動することが出来るマリーに白羽の矢が立てられたのだ。
マリーに与えられた役目は、クライアントである連邦捜査局に代わって実態を調査し、疑惑の真偽を明らかにすることだった。
彼女からの報告があるまでは、事件に対する地元警察の捜査も一時的に差し止めるそうだ。
厄介な仕事だったが、彼女には一抹の不安さえなく、必ず成し遂げられるという確固たる自信があった。
何故なら、マリーにはプロフェッショナルとしての揺るぎないプライドがあり、それは決してブラフではないからである。
つまり、プライドに見合うだけの実力を持っているのだ。
彼女の仕事は、まず横領事件の全貌を把握するところから始まった。
調査を進める内に、アレクシス・オースティンという若い社員が忽然と失踪していることが分かる。
そして、結婚を間近に控えていた彼の身辺を調べた結果、内部告発を防ぐ為の口封じが行われた事実を突き止めたのだ。
オースティンの上司であった中間管理職――デイヴ・バークレイに行き着いたマリーは、遂に証拠を掴み、彼がテロリストと繋がっていることを確信するに至る。
また、バークレイから品物を受け取っている構成員が、組織の実質的な№4であることが判明したのだ。
仲間内では“赤毛のジャック”と呼ばれているらしいが、恐らく偽名であろう。
この男は抜け目がなく、今までに何度も捜査機関の追跡から逃れている。
もし、マリーの背後にいるクライアントが本格的に動けば、すぐに手の届かない所に逃げ出してしまうだろう。
こうして、両者の承諾に基づき、当初の契約内容に、テロリストの逮捕という事項が新たに追加されたのである。
その為に、マリーにはクライアントを通じて、合衆国の政府機関から一時的な逮捕権が与えられた。
これを行使し、容疑者の身柄を拘束して引き渡す手筈になっている。

「――どうやら、あまりスマートにはいきそうにないわね」
ショートボブにした金髪が、吹き抜けていった一陣の風に揺れる。
肘まで捲った革ジャンの袖口から伸びた右手が、それを押さえた。
彼女の外見について短く表現すれば、野生の猫科動物を思わせるスタイル――もしくは機能美の極致とでも言おうか。
鍛錬によって極限まで洗練され、トップアスリートのように引き締まった筋肉質のプロポーションには一切の無駄がなく、見る者に力強さを備えた美しさを感じさせる。
愛車の大型バイクに跨ったマリーは、夜の闇の中で、ぽつりと佇む貸しビルを、双眼鏡越しに一瞥して呟いた。
その薄汚れた外観からは、所有者である不動産会社の、ずさんな体制が透けて見えた。
決まった入居者もいないらしく、辺りは静かなものだ。
この仕事も、いよいよ大詰めに近付いている。
マリーは、バークレイと“赤毛のジャック”が、ここで接触するという情報を掴んでいた。
そのため、二時間前から張り込んでいたのだが、ようやく動きがあった。
つい今しがた、二人の男が中に入っていったのだ。
しかし、見張り役らしい男達が、ビルの入口を閉ざしてしまっている。
逮捕のチャンスは、今をおいて他にないが、そうするには、やはり多少は荒っぽい手段も使わなければならないようだ。
マリーは愛車から降りて、ビルに近付いていく――。

ビル内に侵入したマリーは、壁に身を寄せて、飛び出すタイミングを窺っていた。
見張りをしていた男達は、彼女が習得している体術の中で最も得意とするコマンドサンボによる関節技と、常時携帯しているスタンガンで自由を奪われ、黙らされている。
中には、家具の類は何一つなかった。
そのせいか、だだっ広く感じられる空間の中に、二人の男がいるだけだ。
しかし、どうも雲行きが怪しい。
マリーから見て手前にいる赤毛の男が、懐から黒光りする自動式拳銃を取り出したのだ。
それと向かい合っている形で立つ、もう一人の男は、予想外の事態に全身が硬直してしまい、動けずにいるようだった。
てっきり取り引きの現場を押さえられるかと思っていたが、様子を見ると、どうやら今度は彼が口封じの対象になってしまったらしい。
新たな武器調達ルートが見つかったのだろうか。
あるいは、自分の身に危険が迫っていることを悟ったのかもしれない。
いずれにしても、捜査機関の目を欺く為に、これまで使ってきたルートと協力者は全て切り捨てるつもりのようだ。
マリーは冷静に判断した。
自分の仕事は、“赤毛のジャック”の逮捕であって、この男の扱いは範囲外である。
つまり、彼の生死はマリーには無関係だ。
しかし、本来の任務に支障をきたさない限り、可能ならば最善を尽くすのが“ブルー・マリー”という女である。
彼女にとっての最善とは、自分が助けられる人間が目の前にいる場合、それを見過ごさないということだ。
そもそも、バークレイも犯人の一人であることに変わりはない。
自ら姿を見せたマリーは、ジャックの注意を引きつけ、追い詰められているバークレイを、ひとまず逃がしてやった。
これまで彼の周辺を調査してきた内容を踏まえて、逃げ込んで身を潜めるような場所も、おおよその見当はついているのだ。
たとえ今は捕まえられなくても、後から捕捉するのに、そう大した手間は必要ない。
連続する発砲をやり過ごしたマリーは、柱の陰に隠れる。
だが、彼女は不覚にも読み誤った。
後から来た仲間がいたらしく、それが背後から掴みかかってきたのだ。
すぐさま振り解いて投げ飛ばし、首筋にスタンガンを押し当てて失神させたものの、振り向いた彼女の目に映ったのは、立て続けに発射された弾丸に撃ち抜かれて、あえなく崩れ落ちるバークレイの姿だった。
それを目撃したマリーは、心に違和感を覚えた。
まるで、内側から滲み出した何かが這い上がってくるような奇妙な感覚だった。
しかし、幸か不幸か、マリーに対するマークは外れている。
隙を突いて素早く接近したマリーは、銃が握られているジャックの腕を掴むと、そのまま捩じ上げた。
たまらず手を放してしまったジャックだったが、咄嗟の判断で、銃を落とした直後に、それを踵で蹴って自分の後方に移動させた。
マリーを突き飛ばし、武器を手元に戻すべく駆け出す。
しかし、その目論見は阻止された。
風を切る音が後ろから聞こえたかと思うと、いきなり背中に大きな衝撃を加えられた彼の身体は、弾かれたようにつんのめり、激しい勢いで床の上を転がった。
彼を追ったマリーが、数歩の助走をつけて両足で踏み切り、渾身の跳び蹴りを浴びせたのだ。
手をついて片膝立ちになり、ジャックは顔を上げた。
「タッチダウンは決めさせてもらったわ」
彼が取り落とした拳銃の上に、ブーツを履いたマリーの足が乗っている。
鈍く光る銃身に目をやり、おもむろに拾い上げた彼女は、静かに歩み寄ると、その筒先をジャックの額に突きつけるようにして構えた。
威嚇のつもりだった。
ところが、そこで唐突に、ある記憶が鮮明に蘇り、マリーは困惑した。
忘れていた訳ではない。
ただ、あまり強く意識してしまうことは避けていたのだ。
それは、今から数年前に、大統領の護衛を務めていた父親と恋人がテロリストの凶弾によって命を奪われたという、彼女にとって忌まわしい記憶だった。
二度と会えない二人の姿と顔が脳裏を掠める。
目の前にいる男は、自分から大切な人を奪った人間と同じ種類の人間なのだ。
その生殺与奪の権利は、この手にある。
不穏な考えが頭をよぎった刹那、思いがけない事が起こった。
抗し難い程に強烈な感情が、マリーの心に生じたのである。
それは、煮え滾る溶岩の濁流となって彼女の理性を押し流そうとする。
胸に湧き上がってきたのは、とうに彼女の中から消え去っている筈の感情だった。
激しい葛藤が起こるが、心は徐々に麻痺し、頭は考えることを放棄したかのように、引き金に指がかかる。
銃弾の軌道というのは単純だ。
どこまでも無限に広がる空間を、ただ直進するだけに過ぎない。
よって、素人の撃った弾など、そうそう当たりはしない。
だが、マリーは素人ではない。
彼女は思った。
これだけ近ければ、たとえ目を閉じていても命中させられる。
普段なら、そんな考えは起こらなかった筈だ。
今の彼女は、“ブルー・マリー”のコードネームで呼ばれる凄腕のエージェントではなく、両親から与えられた“マリー・ライアン”という名前を持つ一人の女であった。
一瞬の静寂の後に、マリーは無表情のまま引き金を引いた――。

しかし、ジャックの眉間に風穴が開くことはなかった。
彼は、先程までの数分間で、あらかじめ装填されていた弾丸を全て撃ちきっていたのである。
一般的な自動式の拳銃は、弾が尽きた場合に、スライドストップと呼ばれるストッパーが跳ね上がることで、スライドが後退したまま停止して機関部が露出するホールドオープンという状態になる。
だが、ジャックが所持していた銃は、この時に機能不全を起こしており、ストッパーが働かなかったためにホールドオープンにならず、外見からは残弾の状況が分からなかったのだ。
事態を察知した彼は、マリーの持っている武器が今は何の役にも立たないと知ると、やにわに立ち上がり、再び襲いかかってきた。
マリーは決して焦らなかった。
この瞬間に、彼女は“ブルー・マリー”に戻ったのである。
眼前に迫る相手を迎え撃つことだけを考え、即座に行動に移る。
逃げずに踏み込んで、自分から距離を詰めたマリーは、身体を大きく捻った。
回転を加えて勢いを増した肘鉄を、寸分の狂いもない正確な動作で、真後ろに来ていたジャックの顔面へ叩き込む。
予測に反することのない手応えがあった。
まともに食らい、大きく仰け反ったジャックの前歯が数本へし折れ、鼻血が飛び散る。
マリーは軽く目を細めると、ステップを踏むようにして一歩後退した。
まだ彼が倒れなかったからだ。
ノーガードの状態で直撃した筈だが、元々タフなのか、何とか持ちこたえたらしい。
しかし、もう決着がついているのは明らかだった。
この場で、それを理解していないのは、未だに戦おうとしている彼だけである。
上体を起こし、ふらつきながらも相変わらず睨みつけてくるジャックの脇腹に、鋭い中段回し蹴りが突き刺さる。
今度こそ耐え切れなかったジャックは、潰れた蛙のような呻き声を上げて吹き飛び、床に頭を打って倒れ込んだ。
彼を拘束し、撃たれたバークレイに応急処置を施したマリーは、救急車を呼んだ後で、クライアントに連絡を入れた。
少し汗をかいたようだ。
ジャケットを脱ぎ、額を手の甲で拭う。
これで彼女の仕事は終わったのだ――。

“赤毛のジャック”の連行と同時に、バークレイは病院に運ばれた。
危ない状態だったが、命は取り留めたという。
動機については、複数の金融会社から多額の借金を抱えており、その負債を埋める目的で密売に手を染めたと供述しているらしい。
それから数日後、馴染みの店を訪れたマリーは、一人で物思いに耽っていた。
憂いを帯びた表情を浮かべる彼女の傍らには、コードネームの元になった青く澄んだカクテル――“ブルー・マリー”が置かれている。
それは、かつての恋人であるブッチが、マリーの為に、彼女をイメージして作らせた特別なカクテルだった。
――あの時、私は弾が無いことを知っていたの?それとも……。
ジャックに銃を向けた時、マリーは、弾が残っているかどうかに関して考えが及ばなかった。
というより、残っていると思い込んでいたのだろう。
それでも、弾が無いことを無意識の内に知っていた可能性も一応ある。
彼が撃った弾数を確認し、残りを計算していたというのは、経験の上で有り得ないことではない。
しかし、ホールドオープンしていなかった以上、その予測が本当に確実だったか定かではないのだ。
数え間違いをして、チャンバーに最後の弾丸が残されているという可能性も考えられた。
もし、一発でも弾が残っていたら、あの男は確実に死んでいたに違いない。
それにも関わらず、マリーは引き金を引くことを躊躇わなかったのだ。
そもそも、弾がないことに気付いていたなら、撃つ意味がない。
ジャックは銃の故障に思い当たっていないようだったが、引き金を引いてしまえば弾が無いことを知られてしまい、威嚇の意味がなくなる。
また、弾があると思っていたとしたら、逮捕すべき対象を殺害してしまうことになるのだから、撃つ筈がない。
どちらにせよ、撃とうとしたという行為自体が奇妙なのだ。
自分は、何をするつもりだったのか?
同じようなテロリストという理由で、無関係の他人に復讐するつもりだったのか?
過去は過去として乗り越えた筈の自分が、どうして今更になって、そんな気持ちを抱いたのかは、彼女自身にも、はっきりとは分からなかった。
――きっと、どうかしていたんだわ。私も、まだまだ甘いわね……。
優秀な格闘家を数多く輩出する家系に生まれたマリーは、ごく自然の流れで格闘技に親しみ、物心ついた時から、いつか自分も父のような仕事をしたいと思うようになる。
芽生えた志は、自らの才能を自覚することで、より強くなっていった。
そんな中で、愛する二人の悲報を聞いたのだ。
この思わぬ知らせは、マリーを絶望の淵へ突き落とした。
ありとあらゆる暗い感情で心が満たされて、何日も部屋に閉じ篭って塞ぎ込んだ。
ぶつける場所のない怒りや悲しみに悶え苦しみ、犯人の命と引き換えにすれば彼らが戻ってくるのではないかという馬鹿げた妄想が浮かんだことさえあった。
だが、死んだ人間は二度と戻ってこない。
当たり前のことが、ひどく残酷に感じられた。
それでも彼女が立ち直れたのは、事件から時間が経過したという以上に、ずっと思い抱いていた夢が心の支えになってくれたからだ。
その夢は叶った訳だが、父や恋人と似た職業を選ぶということは、二人の死から離れられず、いつも身近に感じていなければならないことでもあったのだ。
今では完全に自分のものにしているとはいえ、マリーの体術は、亡くなった二人から教わったものだった。
いわば、彼らから受け継いだという意識も手伝って、過去に対する執着心が心の中に残り続けていたのだろう。
それが意思とは無関係に膨れ上がった結果、そのまま押し潰されてしまうところだったのかもしれない。
そのような状態になったというのは、取りも直さず、痛ましい記憶を乗り越えられたと思っていながら、実際は未だに何処かで引き摺っている部分があったことを意味する。
――だとしても、私は負けない。負けたくない……!
マリーは、心の中で強く念じ、カクテルグラスを見つめた。
サウスタウンの帝王と呼ばれた男――ギース・ハワードと死闘を繰り広げたテリー・ボガードがそうであったように、復讐を決意するということは、ある意味では自分の過去に決着をつけるということである。
それをしないというのは、敢えて決着をつけないということであり、生きている限り背負った過去と闘い続けなければならないということだ。
マリーは後者の道を選んだ。
以前に起こった闘争の中でテリーと出会ってから、似た境遇を持ちながら違う道を歩く彼の姿を羨ましく感じたこともあったが、これまでの生き方を変えようとは思わなかった。
過去に囚われていないことを証明するには、今の自分で在り続ける以外にないからである。
思えば、父もブッチも、与えられた任務を全うした。
だからこそ、自分もプロに徹しなければならない。
それが二人に対する手向けにもなる筈だ。
ただ、手向けはしても、仇討ちをするつもりはない。
今の自分が、この道を歩んでいるのは、過去に囚われ、失った二人の影を追っているからでは断じてない。
あくまでも実力とプライドに裏打ちされた自分自身の意思による行動であり、それこそが彼女の信念なのだ。
――そう……。私は“ブルー・マリー”なんだから。
マリーは、この問題に一応の決着をつけて、そこで思考を中断した。
「ねえ、マスター。変なことを聞くようだけど……私は、いつもと変わりないかな」
カウンターの向こうでグラスを磨いていたマスターは、優しく答えてくれた。
「そうですねえ……。はい、いつも通りのあなたですよ。マリーさん」
「ありがとう、マスター」
グラスを空にしたマリーに、マスターが穏やかな笑顔でチェイサーを差し出した――。

店を出て、自室に戻ったマリーの足元に、彼女が飼っている愛犬のアントニオが擦り寄ってきた。
白い体毛の面積が最も広く、その中に茶色やオレンジ色の斑が混じるイングリッシュ・ポインターという犬種である。
性格は利発かつ忠実で集中力にも長け、狩猟に携わる人間からは、極めて優秀な猟犬として知られている。
スマートな体形で凛と立つ姿は実に頼もしいが、垂れて頬に接する両耳からは愛嬌も感じられる。
「アントンは良い子ね」
彼の隣に屈み込んだマリーは、その首や頭を慣れた手つきで愛撫してやった。
アントンというのは、アントニオのニックネームである。
主人に撫でられたアントンは、気持ち良さそうに鼻を鳴らした。
――大丈夫。私は、ちゃんと私でいられる。
主人の心境を読み取ったのか、じゃれついてきたアントンが、マリーの頬を舐めた。
それは、彼にとって、最大の愛情表現だった。
「あはっ、くすぐったいよ」
マリーは、口元に笑みを浮かべた。
思い返すと、あの時の自分は、復讐か信念か――あるいは過去か現在かの選択を迫られていた。
マリー自身も気付いていないが、心の奥で吹っ切れられない迷いを抱える彼女を見兼ねた誰か――それは自分だったのかもしれない――がマリーの背中を押す為に仕組んだ残酷な賭けだったのだ。
衝動に駆られて、一度は復讐を選んでしまったのは事実だが、マリーは結果的に信念を選び取ることが出来た。
それは、単に幸運の女神が味方してくれた結果だったのかもしれない。
しかし、あの一件が、マリーの秘めた信念を、より強固にするきっかけになったのは確かだった。
これからの彼女は、今まで以上に逞しく生きて、現在の自分――“ブルー・マリー”として在り続けるという信念を、どこまでも貫き通すことだろう。
その証拠に、今のマリーは、店にいた時とは打って変わって清々しい表情を浮かべていたのだから――。

[完]
プロフィール

研究員D

Author:研究員D
「ギリギリ映らない画面端にいるエキストラ研究員」のイメージというのが名前の由来。
基本的に特撮ヲタ。
また、マイナーなものに惹かれる体質。
特撮全般および一部のアニメや漫画(マイナー作品とか古いの)を愛する。

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