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「矢の男は静かに笑う」

時間が前後しますが、ダーティー・フィンガーズ戦の数時間後です。
試験的に演出を強化してみました。
以下から始まります。





夕日を浴びて赤く染まる面影町――その繁華街から住宅地に向かって、二人の人間が並んで歩いている。
一人は茶髪の少年で、着ている制服を見ると、地元の学校に通う高校生らしい。
もう片方は金髪の女だ。
こちらは、タンクトップの上にジャケットを羽織っている。
一見すると、特に変わった点はないように思えた。
だが、彼らには普通の人間にはない特異な“能力”が備わっていた。
それが“スタンド能力”だ。
“スタンド”とは、簡潔に表現すれば、超能力の具現化であり、精神の象徴である。
基本的に、本体の精神力を原動力として活動し、それぞれの“スタンド”によって、姿や特殊能力は異なっている。
これには、本体である人間や動物の精神構造が大きく関係しているようだ。
また、“スタンド”を駆使することができる者は、“スタンド使い”と呼ばれている。
一説によると、“スタンド使い”の間には、引力が存在するらしい。
この作用によって、“スタンド使い”同士は引かれ合うのだという。
そうした力の影響か、奇妙な縁で知り合った先述の二人は、互いに助け合う仲間となった。
夢を持たなかった少年――藍沢祐樹は、幼少期に憧れたヒーローのような男になるという目標を抱き、誰かを救うために“スタンド”を使うことを決意した。
夢を失った女――石神李依は、自身も新しい生き方を模索しながら、少年に手を貸すことを決めた。
これまで歩んできた人生や境遇は違っても、“スタンド”の発現という共通するきっかけを得た祐樹と李依の心は、まさしく生まれ変わったのである。
しかし、“スタンド”を手に入れたという事実が、良い方向にばかり働くとは限らない。
スーパーマーケットに来る客の中にも、きちんと金を出して商品を買う人間がいれば、黙ってポケットに入れてしまう人間も存在するように、“能力”を使って他者に危害を加える“スタンド使い”は存在する。
つい数時間前も、『ダーティー・フィンガーズ』と名付けられた“スタンド”を操る悪質な“スタンド使い”が現れたのだ。
これに遭遇した祐樹と李依は、自分達も損害を被ったこともあり、協力して『ダーティー・フィンガーズ』の本体を追い詰め、徹底的に叩きのめした。
今は、そこから帰るところだった。
賑やかな繁華街を離れた二人は、静かな住宅地に差し掛かる。
「どうかしました?」
ふと、何気ない調子で、祐樹が李依に尋ねる。
隣を歩いている李依が、先程から何か考え込んでいるような表情をしていたからだ。
「……え?あぁ、大したことじゃないの。気にしないで」
「はあ」
祐樹も、それ以上は突っ込まなかった。
こういう時に、あまり深く立ち入ると気まずくなる。
だが、何を考えているか予想はした。
――多分、昼間のことだろうな……。“スタンド使い”が増えるってことは、自分の好き勝手なことしようっていう連中が、これからも増えるってことなのは俺でも分かる。やっぱ、そうなるもんなのかなぁ……。
祐樹は、心の中で、ひそかに呟いた。
生命エネルギーによって生み出される“スタンド”は、“スタンド使い”以外の人間には見ることができない。
したがって、警察に“スタンド使い”を捕らえることは不可能であり、仮に逮捕できたとしても、“スタンド使い”を裁ける法律はないのだ。
そういう意味では、“スタンド使い”になるということは、なにものにも縛られない自由な存在になることだと言える。
自らの“スタンド”を使って欲望を満たそうとする者が現れるのは、考えてみれば当然のことなのかもしれない。
――俺だって、ヒーローになりたいっていう欲望を満たそうとして、“スタンド”を使ってる訳だし……。そうなると、俺も同じってことに……。いや……俺のは、どちらかというと欲望じゃなくて願望って感じだろう。っていうか、そもそも欲望と願望って、どう違うんだ?なんか頭が痛くなってきた……考えんの止めよ。
犯罪に走る“スタンド使い”の発生と増加――それも、この町を脅かす一因ではある。
だが、李依には、もっと注意しなければならないことがあった。
つまり、“矢の男”の存在だ。
おそらく、ゴミ置き場に叩き込まれた例の“スタンド使い”も、“矢の男”から“スタンド能力”を授かったに違いない。
“スタンド”を悪用する人間も気になるが、それ以前に“矢の男”を止めなければ、“スタンド使い”になれない住人達は、次々に命を落とすことになるだろう。
「あ、俺こっちですから。今日は色々ありがとうございました」
「こちらこそ。またね、藍沢君」
祐樹は軽く手を振り、李依の方も、それに応じる。
互いに挨拶を交わしてから、二人は別々の方向に別れた。
しかし、祐樹が帰っていった後も、李依は佇んだままだった。
祐樹を見送った時に、彼方に沈もうとしている夕日が視界に入ったからだ。
今日は空が晴れているせいか、一段と鮮明に見える。
奇麗な光景だが、夕日というのは、人を感傷的な気分にさせるものだ。
つい昔のことを思い出しかけた李依は、それを振り払うかのように、また歩きはじめようとして足を踏み出した。
だが、彼女の歩みは、そこで止まった。
足下で、何かが光ったように見えたのだ。
よく見ると、どこかの鍵らしいものが落ちている。
それには、見覚えのあるキーホルダーが付いていた。
――これは、確か藍沢君の……。彼の落とし物かしら……。
もし、そうだとしたら届けた方がいいだろう。
身を屈めた李依は、鍵を拾い上げようと手を伸ばした。
辺りは静まり返っている。
鍵を手に取って、ふと目線を上げた。
――え?
李依の視線の先に、よく磨かれた革靴を履いた何者かの足がある。
さっきまでは誰もいなかったはずだ。
いつの間に来たのだろうか。
そう思いながら上体を起こした李依は、正面を向いた。
誰もいない。
確かに見たはずの人間が、幻のように消えてしまっている。
ごごご
ごごご
普通の人間なら、単なる見間違いか気のせいという理由で済ませるかもしれない。
しかし、李依は違った。
彼女は“スタンド使い”であり、それだけでなく、この“現象”を以前にも体験したことがあったのだ。
――これは……。この“現象”は……!
背後に気配を感じた李依は、すぐさま振り返った。
見ると、二メートルほど離れた場所に、一人の男が立っていた。
三つ揃いの黒いスーツに身を包み、同色の山高帽をかぶっている。
左手には、細長い革張りのケースを提げているようだ。
帽子の陰になっているために、露出しているのは顔の下半分のみで、上半分は分からない。
しかし、男と向かい合っている李依は、彼が会ったことのある人物だということを、即座に理解した。
その男が持つ存在感や威圧感は、忘れようとしても忘れられない独特のものだ。
それを知ってか知らずか、男は薄く笑った。
「フフフ……そんなに警戒する必要はない……。何も危害を加えようという訳じゃあないさ……」
「あ……あなたはッ!」
「――そう、私だよ。君達が“矢の男”と呼んでいる者だ」
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「君達を見かけたから、少し挨拶でもしておこうと思ってね。さっきは『ダーティー・フィンガーズ』と戦っていたようだが……。その後、“スタンド”の調子はどうかな?」
“矢の男”は、そう言葉を継いだ。
頭の中に響くような低い声――間違いなく刑務所内で聞いた声と同一のものだ。
「正直……こんなに早く会えるなんて思わなかったわ」
応答しながらも、思いがけない事態に直面した李依は、どう行動するべきか迷っていた。
自然と声が震え、握った手に力が入る。
やがて意を決した彼女は、力強く言い放った。
「あなたが“矢の男”だというのなら、この町の住人を射抜く行為を中止しなさい。いいえ、この町だけじゃない。今後一切、“矢”を使うことは止めてもらうわ」
「せっかくだが、丁重にお断りする。なぜなら、私は今後も“矢”を使い続けるつもりなのだから」
それでも、李依は更に続ける。
「自分が何をしているか分かっているの?命を秤にかけてふるい落とすような真似をして……!」
「もちろん分かっているさ。分かっているからこそ、やっているのだよ」
どうやら話し合いは無意味のようだ。
あくまで平然とした調子を崩さない“矢の男”を前にして、李依は拳を握り締めた。
それに呼応する形で、彼女の背後に『ザ・プレイグス』が出現する。
「ほう、“スタンド”を出したね。それで?その“スタンド”で何をしようというのかな?まさか、この私に殴りかかってくるつもりかね」
「それ以外に方法がないならね」
客観的に見れば、まさしく一触即発の状態だ。
しかし、矢の男には動揺している様子は微塵もない。
緊張した面持ちの李依とは対照的に、落ち着いた声で言う。
「――では、そうしたまえ」
その返事を聞き終わる前に、『ザ・プレイグス』は猛然と突進した。
渾身の力を込めた右腕を、“矢の男”めがけて繰り出す。
命中する直前まで、李依は一秒たりとも目を離さなかったし、“矢の男”は同じ姿勢を保ったままだった。
それにも関わらず、手応えはなかった。
勢いよく放たれた『ザ・プレイグス』の拳は、むなしく空を切っただけだったのだ。
先程と同じく、ほんの僅かの間に、“矢の男”は忽然と姿を消していたのである。
「くッ!?」
すぐに辺りを見渡す。
数メートル先に、“矢の男”の後ろ姿が見えた。
肩越しに李依を一瞥した後で、その場から立ち去っていく。
こちらを誘っていることは分かっている。
それでも、ここで逃がす訳にはいかない。
李依は、“矢の男”を追って夕暮れの町を走りはじめた。
たどり着いた先は、住宅地の片隅にある工場跡だ。
閉鎖された理由は分からないが、今では使われておらず、
コンクリートで塗り固められた土地と、無人の建物だけが残っている。
人の気配を察知した李依は、警戒を緩めることなく、敷地内に足を踏み入れた。
かつて稼働していた設備は、ほとんどが運び出されているために、建物の中は思ったよりも広かった。
入口の前に立つと、いくつかの錆びた機械が放置されているのが確認できる。
しかし、“矢の男”は見当たらない。
一体どこに行ったのだろうか――中に入った李依は、考えを巡らせつつ、中央まで歩いていく。
“矢の男”の声が聞こえてきたのは、その直後だった。
「さっきの君の攻撃だが……」
とっさに反応した李依は、声の方向を探った。
だが、位置が一定ではない。
規則的な出現と消失を繰り返しながら、“矢の男”が李依の周囲を移動しているのだ。
「狙いは正確だし、踏み込みは鋭く、腰も浮いていない。さすがに元プロボクサーといったところか。女性ながら文句の言いようがない見事なパンチだ。しかし――」
「『プレイグス』ッ!」
矢の男の言葉を遮って、『ザ・プレイグス』の拳が飛ぶ。
おおよその当たりをつけて殴ったのだが、この一撃も空振りに終わった。
「それが私を捉えることは決してない」
李依の正面に“矢の男”が現れ、両者が再び対峙する。
自分の前方に“スタンド”を立たせて、李依は身構えた。
「そうだとしても、この町が脅かされるのを見過ごすことはできないわ。あなたは……私が倒す!」
おそらく“矢の男”は、本気の半分も出していないはずだ。
短い間のやり取りで、それが李依には分かった。
相手の実力が未知数である以上は、心してかからなければならない。
「良くないな……。他の“スタンド使い”と戦ってくれるのは大いに結構だが、この私に牙を剥くのは止めてもらおう。その段階には、まだ達していない」
奇妙な言い回しに、李依は引っかかるものを感じた。
――段階……?それが“矢の男”の目的と関係しているというの?
「しかし、“スタンド”を与えておいてなんだが、私が見ても、今の君の行動は意外だよ。もう争い事には関わらないだろうと思っていたからね。これからは穏便に暮らそうと考えないのが不思議だな」
“矢の男”の言葉によって、李依の脳裏に、ここ数年間の記憶が蘇った。
それは、忘れたくても忘れることができない辛い過去だ。
「君は個人的な正義感か何かで私を阻もうとするのか、それとも他に理由があるのか……。そんなことに興味はないし、私の知ったことではないが、そういう行動のせいで痛い目を見てきたんじゃあないのかね?」
“矢の男”の声は、李依の頭の中に語りかけてくるようだった。
聞いてはいけないと思っていても、はねのけることができない。
「よせばいいのに、見ず知らずの他人を助けたばかりに投獄されて、貴重な若い時間を冷たい刑務所で過ごしたことを忘れた訳ではないだろう?それでも私に立ち向かってくるというのは、持って生まれた性質のせいか……あるいは、妙な義務感でも抱えているのか……。人間というのは実に複雑だ。自分自身でも、どうにもならない人の悲しさといったところかな」
その場を動かなかった“矢の男”が、ゆっくりと一歩を踏み出す。
「もっとも、こうして口で言っても、君が考えを変えることはないだろう。そこで私は考える……。言葉で分からないのなら、心で理解させればいいとね」
そう言った“矢の男”は、おもむろにケースを地面に置いた。
「私の“スタンド能力”の片鱗を、より明確な形で、君に教授して差し上げよう。来たまえ」
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“スタンド”を伴った李依は、どう動くべきか考えていた。
選択肢は二つ――こちらから先手を打って仕掛けるか、様子を窺って相手の能力を見極めるか。
しかし、ただ正面から攻撃しても、先程から見せている“瞬間移動”によって、簡単に避けられてしまうのは明らかだ。
これが“能力”なのか、それとも“能力の応用”によるものかは分からない。
やはり、まだ不明な点が多すぎる。
――倒すとは言ったものの、とにかく情報を得ないことには、どうしようもないわ……。しかも、たぶん私の能力は知られている。それだけでも、私の方が圧倒的に分が悪い……!ここは見極める方を優先するべきね。もっと手の内が分かれば、勝てる手段が見つかるかもしれない……!
「フフフ、君が何を考えているか当てようか。私の“能力”はなんなのか?それが分かれば勝てる可能性があるかもしれない。いたずらに攻めるのではなく、出方を見て情報を集めよう――図星だろう?」
“矢の男”は、李依の考えを見透かしたかのように言った。
「では、一つハンデをあげようじゃないか。これから、私は背中を向ける。君は遠慮なく攻撃してくれて構わない。その間、私は“瞬間移動”を使わないことにしよう。どうかな?」
「……本気なの?」
返事の代わりに、“矢の男”は後ろを向いて、無防備な背中を、李依の眼前にさらしてみせた。
殴ったものを“砂”に変える『ザ・プレイグス』の“能力”なら、もし一発でも食らわせれば、“矢の男”の戦闘能力を削ぎ落とすことができる。
そうなったら、こっちのものだ。
だが、同時に罠ということも考えられる。
――でも……これが罠だとしても、“能力”を解明する手がかりを手に入れるためには、攻撃するしかない……!
考えた末に、李依は挑発に乗った。
彼女の傍らから放たれた『ザ・プレイグス』が、“矢の男”に狙いを定めて襲いかかる。
右腕で殴ると見せかけた、もう一方の腕による打撃――フェイントを交えた左ストレートだ。
――これでッ!
“矢の男”は、確かに“瞬間移動”を使わなかった。
李依に背中を見せたまま、身体を軽く動かすと、『ザ・プレイグス』のパンチを紙一重でかわしてみせたのだ。
それを目の当たりにした李依は、驚きを隠せなかった。
しかし、その理由は振り向かずに避けられたことでもなければ紙一重で避けられたことでもない。
矢の男は、『ザ・プレイグス』がフェイントから本命のパンチに移行した時点で、避ける動作に入っていた。
つまり、右でフェイントをかけて左で殴りかかることを、あらかじめ知っていたということだ。
完全にタイミングを読まれていた――これも“能力”の一端なら、単なる瞬間移動ではなさそうだ。
「ぐッ!?」
次の瞬間、李依の身体に衝撃と激痛が走った。
“矢の男”に重なるようにして、一瞬だけ発現した“矢の男のスタンド”の腕が、凄まじいパワーとスピードで、『ザ・プレイグス』の腹部に叩き込まれたのである。
本体の李依に、そのダメージが伝わったのだ。
「うッ……あッ……」
苦しげに表情を歪めて膝を折った姿から、ダメージの大きさが分かる。
それに伴い、『ザ・プレイグス』が消えてしまった。
呼吸が乱れたことで精神の集中が妨げられ、“スタンド”を維持できなくなったのだ。
「これで、少しは私の“能力”が分かったかね」
“矢の男”は、顔を伏せたままの李依を見下ろして言った。
しかし、李依は果敢に攻め続けた。
再び『ザ・プレイグス』を発現させ、不意打ちの一撃を仕掛ける。
だが、その腕は途中で止まり、全く動かせなくなった。
“矢の男のスタンド”の腕だけが発現し、『ザ・プレイグス』の手首を掴んでいる。
即座に、もう片方の腕を振るうが、そちらも同様に封じられてしまった。
拘束された『ザ・プレイグス』の両腕が、強く締めつけられる。
「うあぁぁぁぁぁッ!」
握りつぶされるかと思う程の強烈な力だ。
こらえきれずに、李依は苦痛の悲鳴を上げた。
「パワーもスピードも、私の“スタンド”の方が優れている。たとえ“能力”を使わなくても、君一人を押さえつけることなど、割り箸を割るのと同じくらいに簡単なことだ。少なくとも、一対一で君が私に勝てる確率は――」
“矢の男”が消える。
刹那――李依の首が背後から掴まれた。
“矢の男のスタンド”の指が、そこに食い込んでいる。
ごごご
ごごご
「ゼロだ」
李依の耳元で、“矢の男”は冷たく囁いた。
おそらく、このまま力を込めれば、李依の首の骨を容易にへし折れるはずだ。
ここで抵抗しても、相手が動く方が速いだろう。
李依は、どうすることもできなかった。
だが、首にかかっていた手が、不意に離れた。
振り向くと、ケースを手にした“矢の男”が、少し離れた所に立っていた。
「最初に言ったように、私は君をどうこうするつもりは毛頭ない。このところ“スタンド”を動かす機会がなかったから、いい運動になったよ。では、これで失礼させていただこう」
こうして“矢の男”は、悠然とした足取りで立ち去っていった。
一人になった後も、李依は呆然と立ち尽くしていた。
予想を越える恐ろしい“スタンド”だった。
そう、恐ろしかった。
さっき首を掴まれた瞬間、“スタンド使い”になってから初めての恐怖を感じたのだ。
「――私は……」
開いた入口から差し込む夕日が、唇を結んだ彼女の顔を静かに照らしていた――。

[完]



・石神李依→心に恐怖を植え付けられるが、それを乗り越えることを決意する。
・矢の男→多くの謎を残して姿を消す。

to be continued……
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『幽霊屋敷に遊びに行こう!!』その3

「ねぇ~。いいじゃん、メアド教えてよぉ~。そんなツレなくしないでさぁ~」
広い病室の中に、いくつか並んだベッドの内の一つ――そこに座を占めている男が、若い看護師を口説いている。
この光景が見られるのは、今日だけで既に五度目である。
――さっさと退院して出ていってくれないかしら。
話しかけられた件の看護師は、内心うんざりしながらも、職業柄それを表に出すことなく、スライド式のドアに手をかけ、事務的な動作で病室から出ていった。
「ちっ……。この俺に対して無関心を貫くたぁ、男を見る目がないねぇ。ただでさえ、辛気くせえ年寄りどもと一緒の部屋に押し込められて参ってるってのによ。老人ホームじゃあるまいし……」
身体のあちこちに包帯を巻いて、片方の腕をギプスで固定された川内航平は、ベッドの上で軽口を叩いた。
つい先日、藍沢祐樹と石神李依の両名に敗北した彼は、医者から全治一ヶ月という診断を下され、ここF市総合病院に入院しているのだった。
更に追い打ちをかけるように、老人たちばかりの相部屋に入れられてしまった彼の気分は、いいとは言えなかった。
なんでも、最近になって運び込まれる怪我人が増えており、ベッドが埋まっているそうだ。
「あ~あ……マジで勘弁して欲しいぜ……。ここにいるだけで、なんとなく老け込んじまうような気さえするしよ……。できることなら、もう退院してえな」
こうした状況に置かれている川内だが、祐樹から“死んでも直らない”という感想を述べられた通り、根本的な部分は全く変わっていなかった。
考えていることの大半を占めるのは、相変わらず金と女のことである。
したがって、先ほど看護師を追いかけ回していたことからも分かるように、その胸中に改心の意識など芽生えるはずもなかった。
ただ、初めてスタンド使いとの戦いを経験して、川内自身も反省していないわけではない。
もっとも、その反省というのは、“今度からは注意して相手を選ぼう”というものだった。
つまり、反省していようとしていまいと、どちらにせよ川内は懲りていなかったのである。
「あの看護師の姉ちゃんといい、全く世間は冷たいねぇ。どっかによぉ、俺と気持ちがバッチリ通じあってるような“イイ女”いねえかな。ま、できれば心だけじゃなくて、身体もグンバツなら言うことないんだけどよ」
枕元の週刊誌に手を伸ばした川内は、表紙を飾っている水着姿のカバーガールを眺めて言った。
大人びた顔立ちで、背中まで届く長い黒髪を下ろして微笑んでいる。
ページをめくると、表紙のモデルと同じ女性が、胸の谷間を強調したポーズで写っていた。
脇に小さく記されたプロフィールから、セクシー路線で売り出し中のグラビアアイドルらしいことが分かる。
半開きになった唇と、そこに引かれた真っ赤なルージュ――これらが一体となった気だるそうな表情が、なんとも言えず扇情的だ。
「乳もいいけど、やっぱ俺的には尻だな。程良い肉付きで、キュッと引き締まって、プリッと上がってるようなケツがいい。さっきの姉ちゃんは、どっちかっていうとオッパイの方に自信があるって感じだったな。ああ、そんな雰囲気だった」
そんなことを漏らす川内の背後で、ドアが開く音がした。
やはり気が変わって、さっきの看護師が戻ってきたのではないか。
どこまでも都合のいいことを考えながら、ベッドの上で上体を起こし、入口の方に振り返る。
その瞬間――川内の身体は硬直し、にやついていた表情は凍りついたように固まった。
なぜなら、そこに立っていたのが自分を病院送りにした張本人の一人だったからである。
ベリーショートの短髪を目が痛いほどの明るい金色に染めた、長身の女――石神李依だ。
二人の視線が、空中でぶつかり合った。
完全に逃げるタイミングを失った川内に、李依が近付いてくる。

「それ以上は近寄るんじゃあねえッ!もし一歩でも近付こうとしたら、あんたの顔面を即座にブッ飛ばすからな!手加減ナシの全力で“殴らせる”から、歯が折れるかもしれねえぜ。分かってんのかよッ!」
川内の威嚇を前にしても、李依は至って冷静なままだった。
スッと目を細めると、鋭く冷たい眼差しで返答する。
その眼光に射すくめられた川内は、背筋が寒くなるのを感じた。
李依の双眸からは、自分が決めたことは何があろうと成し遂げようとする“凄み”が伝わってきた。
まるで、それを妨げようとするなら容赦しないと言われているかのようだ。
ひどくあからさまで、言ってみれば底の浅い川内の恫喝とは全く違う、真実味のある無言の圧力だった。
「……ガタガタ騒ぐんじゃあないわよ。他の人の迷惑でしょう。私は、ただ聞きたいことがあって来ただけよ。別に、あなたを“殴り足りない”って訳じゃないから安心しなさい」
これを聞いた川内は、“逆らわない方が身のためだ”と思った。
身を以って李依の力を体験している川内にとって、彼女が発した言葉は、それだけ強烈だった。
それに、いくらなんでも入院中の怪我人を痛めつけるようなことはしないだろう。
また、病院内で騒ぎを起こせば、すぐに医者や看護師も飛んでくるはずだ。
しかし、用心深いことに自信がある川内は、まだ完全に気を許していなかった。
いつでも『ダーティー・フィンガーズ』を使えるように、心の準備だけは整えている。
――冗談じゃねえ……。全く恐ろしい女だぜ……。
「分かった、分かったよ。このザマじゃあ、俺に勝ち目はねえしな。ま、なんでも聞いてくれや。ここにいるのは耳が遠い年寄りだけだから、遠慮はいらないぜ。あぁ、俺のメアドが知りたいってんなら、いつでも大歓迎だ。ただし、それと引き替えに身体を触らしてくれるってのが条件だ」
「……どうやら入院期間を延ばして欲しいみたいね」
そう言った李依は、ゆっくりと右手を上げて、握り拳を作ってみせた。
彼女の姿が、記憶の中にある『ザ・プレイグス』と重なる。
先程の“殴り足りない”という台詞が耳に残っていることもあり、川内は慌てた。
「お、おいおい。マジで言ったわけじゃねえって。軽いジョークだよ。ちょっと場を和ませようと思ってさ――」
「言っておくけど、私は世間話をするために来たんじゃないのよ」
川内の言い訳を遮った李依は、そこで言葉を区切ると、いよいよ本題に入った。
「――あなたが持っている“スタンド”……つまり、その“能力”を手に入れた経緯。私が聞きたいのは、それよ」
川内にとって、“スタンド”という名称を耳にするのは、この時が初めてだった。
そして、自分の持つ“能力”が、そう呼ばれているものであることを知ったのである。
「それが……なんつうか、突拍子もない話でよ。信じてもらえるかどうか……。いや、あんたも“スタンド”を持ってるなら、もしかしたら同じかもしれねえな……」
そう前置きしてから、川内は話を始めた。
今から一週間ほど前のことだ。
人気のない場所で、盗んだ財布の中身を調べていると、いきなり背中に強烈な痛みが走った。
最初は、何が起こったか理解できなかったが、激痛をこらえながら首を回して確認すると、そこに古めかしい“矢”が突き刺さっている。
それが分かった途端に、全身から力が抜けて、意識が遠のいていった。
そして、目の前が真っ暗になる直前に、何者かの声が聞こえたという。
低い響きを伴う、聞き覚えのない男の声だった。
「おめでとう。あまり期待していなかったが、君には才能があったようだ。その能力を大いに活用してくれたまえ。そう、なんでも君の好きなことをするといい」
まるで心に直接語りかけてくるような、妙にハッキリと聞こえる声だったそうだ。
しばらくして目を覚ますと、痛みはウソのように消えており、それどころか傷すら見当たらない。
自分に特別な能力が身に付いたことを自覚した川内は、それを『ダーティー・フィンガーズ』と名付けた。
あとは、特に聞く必要はなかった。
“スタンド使い”になった川内航平は、自分の欲望を満たすために“スタンド”を利用するようになって、今に至る。
以上が、川内が語った“スタンド”を得た経緯の全てだった。
それを聞き終わった李依は、川内に“スタンド”をもたらした人物が、例の“矢の男”であると確信した。
目的は分からないが、なんらかの意図の下で、“スタンド使い”を増やしているに違いない。
だが、誰しもが“スタンド使い”になれるわけではなく、才能を持たない人間が射抜かれた場合は、そのまま死んでしまうのだ。
つまり、“矢”が使われるということは、誰かの命が奪われる可能性を含んでいるのである。
おそらく、こうしている間にも犠牲者は出ているだろう。
それを防ぐためには、この面影町に潜んでいると思われる“矢の男”を捜し出して、止める以外に手段はない。

「念のために聞くけど、その“矢の男”の姿は見ていないのよね?」
この質問にも、川内は首を振った。
「さっき言った通りさ。俺が知ってるのは声だけで、その他のことはサッパリだ。どういうヤツなのか見当もつかねえよ。ただ……」
そこで、川内は表情を変えた。
「俺もロクでなしの一人だからな。その関係で、ヤバいヤツは何人か知ってるが、あんたの言う“矢の男”は、そういう連中とは“ヤバさ”が違うんだ。うまく言えないが、底が知れないっていうかよ……。言っちゃあなんだが、長生きしたかったら、あんまり関わらない方がいいと思うぜ」
「……分かったわ。ありがとう」
手短に礼を言うと、李依は入口に向かって歩き出す。
ベッドに横たわり、彼女の後ろ姿を目で追っていた川内は、再び口を開いた。
「俺の話を聞いてなかったのかよ」
「聞いたわよ。あなたが教えてくれたんでしょう」
ドアの前で立ち止まった李依は、振り向くことなく答えた。
彼女の行動が納得できない川内は、更に続けて言う。
「そういうことを言ってるんじゃない。俺は忠告してんだぜ。あんた、まだ“矢の男”に関わるつもりなんだろ。せっかく特別な“能力”を手に入れたんだから、それを使って楽しく生きりゃあいいじゃねえか。わざわざ危険に首を突っ込んで、なんか得があるのかよ?」
李依は何も言わない。
先程と同じ姿勢のままで、川内の言葉を聞いているだけだ。
「説教するつもりはないけどよ、人間ってのは結局のところ、自分のことで精一杯の生き物なんだよ。みんなそうだし、それは別に悪いことじゃない。なんで、あんたはそこから外れようとするんだ?もし、“矢の男”をどうにかできたとして、謝礼に金一封がもらえるわけでもねえし、誰も感謝なんてしてくれないだろうぜ。あんたの顔や身体に傷が付くだけ損だ。だろ?」
そう言いながら、川内は起き上がった。
「そうね……。確かに、あなたの言う通りかもしれないわ。でも、見過ごすわけにはいかないのよ。それに――」
振り向いた李依は、川内と正面から向き合った。
彼女の瞳の奥には、何者にも動かされない強い意志の光が宿っている。
「これは、私が決めたことだから。それが理由よ。“矢の男”は必ず止める」
力強い言葉を残して、李依は病室を出た。
何も言えなかった川内は、ただ呆然とたたずんでいる。
心なしか、先程までと顔付きが変わったようにも見える。
なんとも信じ難いことだが、李依の放った一言が、川内航平の心に一石を投じたのである。
――ただ強いだけじゃねえ……。自分が決めたことは、何がなんでもやり抜こうっていう心意気を持ってる。なんだよ、これこそ最高に“イイ女”じゃねえか……。決めた!この川内航平は、これからあんたについていくぜ!
こうして、ベッドの上の川内は、ひそかに李依の舎弟になることを誓うのだった――。

『幽霊屋敷に遊びに行こう!!』その2

意気込んで出発した菜摘は、それから数時間かけて、足が棒になるまで歩き回った。
しかし、そうした彼女の努力にもかかわらず、昼間に目撃した“新手のスタンド”は、影も形も見当たらない。
はっきり言って、めぼしい収穫は全く得られなかった。
最近になって、この町で“スタンド使い”が増えていることは、菜摘も知っている。
そこから推測して、面影町の住人が“本体”だろうとは思うが、その人物を特定できるような目印が何もないのでは、どうしようもない。
とうとう捜索を断念した菜摘は、使い込まれた感のある革製の鞄を枕代わりにして、沈みかけている夕日に照らされた川沿いの土手に寝転がった。
川を挟んだ向こう側を、制服姿の男子高校生が歩いているのが見える。
家に帰る途中だろうか。
「……もしかしてアイツじゃねーよな。いや、ないない……」
視線の先を横切る少年――藍沢祐樹を見送った菜摘は、ぼんやりと夕日を眺めながら呟いた。
こうしていても仕方がない。
自分もアパートの部屋に帰ろうとは思うが、どうにも億劫で、なかなか起き上がる気になれない。
あれだけ動いた割に、何の成果もない骨折り損に終わった――そういう思いがあるせいで、単純に肉体的な疲労だけでなく、精神的な疲労感も大きかった。
誰も見ていないのをいいことに、また大きな欠伸をした菜摘は、積もり積もったストレスを発散するために、一人でブツブツと愚痴を言いはじめた。
「……やってらんねー。あ~あ、ダルいダルいダルいダルい……。あんだけ頑張ったのに、今日はツイてないなぁ……。晩ご飯なに食べよっかな……。冷蔵庫に、なんかあったっけ……」
その時、頭の下で軽快な着信音が鳴った。
相変わらず横になったままの状態を崩さず、手探りで鞄の口を開けて、そこから携帯電話を取り出す。
――ちぇっ、誰だよ。こんな時にメンドくせー……。
内心で毒突きながら携帯の画面を見ると、同じ大学に通う友人からの着信だった。
通話ボタンを押して、電話に出る。
「もしもし?あー、どっか行こうって?今から?えっと、ゴメン。ちょっと疲れてるから、あたしはいいよー。二人で行ってきなって。うん……じゃあ、また明日ねー」
そうして電話を切ると、菜摘はため息をついた。
遊びに行かないかという誘いだったのだが、これを断った理由は、疲れているからだけではない。
電話してきた友人――亜紀子が、最近になって付き合いだした新しい恋人を連れてくるのが分かったからだ。
その二人の中に入るのは、いくらなんでも居心地が悪い。
「――ったく……。オメーらがイチャついてる間、あたしはどうすればいいんだっつーの。まさか、わざとやってんじゃねーだろーな……亜紀子のヤツ」
口では文句を言う菜摘だが、亜紀子は別に悪い人間ではない。
ただ、いわゆる天然ボケなのだ。
そのせいか、人の神経を逆なでするようなことを無意識の内にやってしまうといったような場面が、以前から度々あった。
彼女のためにも、こういうことが次にあったら、ちゃんと注意しておいた方がいいかもしれない。
「ああッ!今、何時ッ!?」
それまでの様子から一転して、いきなり菜摘は飛び起きた。
この時間帯から、近所のスーパーマーケットが、売れ残った総菜類に半額シールを貼りはじめることを思い出したのだ。
例の“スタンド使い”を捜すことに夢中になって、すっかり普段の日課を忘れていた。
腕時計を見て、現在の時刻を確認する。
午後六時ちょうど――まだギリギリ間に合う。
しかし、すぐに行かなければならない。
そうしなければ、飢えたハイエナのように貪欲な主婦たちに、根こそぎ持っていかれてしまうだろう。
素早く立ち上がった菜摘は、鞄を肩にかけると、地面を強く蹴って全力で走りだす。
彼女がいなくなってから数分後、犬を散歩させているジャージ姿の中年男性が、トボトボと土手の上を通りかかった。
ふと立ち止まり、左手に巻いた腕時計に目をやる。
文字盤は、現在の時刻が午後六時五十分であることを示していた。
そして、彼の時計は、極めて正確だったのだ。
どういう訳か、菜摘の時計は相当に遅れていたのである――。

次の日の朝っぱらから、菜摘は不機嫌だった。
昨日は散々だった上に、アパートの敷地を出る直前で、不覚にも大家に呼び止められて、聞きたくもない話を聞かされたのだ。
いつものように、ほとんどの部分は適当に聞き流したが、それを要約すると、以下のような内容だった。
「滞納している分と合わせて、今月こそ家賃を払ってもらえるんでしょうねェ~?」
菜摘は考えた。
実際のところ、いまだに確固たるアテはない。
正直に言うべきか?
早めに話した方が、許してもらえる確率は上がるだろう。
しかし、宣告された支払い期限まで、あと二日は残っている。
土下座するのは、できれば本当に最後の手段にしたい。
とりあえず、どうにか取り繕って、このババアの追求を切り抜けよう。
「あ……あッたりまえじゃないッスかァ~!もうバッチリッスよ。何度も約束を破るようなヤツなんてサイテーですから。ね、ね、ね」
そう言って愛想笑いを浮かべた菜摘は、大家の返事を待たずに、その場から逃げるように立ち去ったのだ。
しかし、いよいよ追いつめられてきた。
勢いに任せて、つい調子のいいことを言ってしまった以上は、なんとしてでも金策をしなければならない。
昼下がりのキャンパスで、ああでもないこうでもないと頭を働かせながら、自分で作ってきたオニギリを食べていた時、女友達の一人が話しかけてきた。
「ねえ、菜摘。あんた、亜紀子がドコ行ったか知らない?」
「は?なんで?」
頭の中は、どうやって金を工面するかという考えでいっぱいだったが、菜摘は詳しい話を聞いてみた。
彼女によると、亜紀子と例の恋人が、忽然と消えてしまったらしいのだ。
二人とも町内の実家で暮らしているのだが、昨日の夕方に出掛けたまま、今日の昼間になっても連絡がない。
それを心配した亜紀子の母親が、恋人の実家に電話したところ、彼の方も連絡がないし、家に帰ってもいないという。
こんなことは今までになかったらしく、すっかり不安になった亜紀子の母親は、娘の行き先を知っていそうな人に片っ端から聞き回っているらしい。
「さぁ……分かんないなぁ……。行き先も見当つかないし……」
菜摘は、そう答えただけだった。
昨日の夕方に、亜紀子から電話がかかってきたことは言わなかった。
行き先を知らないのは事実だし、こっちは今それどころではない。
アパートから追い出されるかどうかの瀬戸際にいるというのに、余計なことにかかわっている余裕はないのだ。
亜紀子の母親には悪い気もするが、二人とも子供ではないのだから、その内ひょっこり帰ってくるだろう。
「――これも“スタンド使い”の仕業だったりして……。じゃあ、あたしの懐が寂しいのも“スタンド使い”のせい……!なーんて……まさかね。なまじ“スタンド”を知ってると、なんでもかんでも、すぐ“スタンド”に結び付けちゃうからなぁ。いかんいかん」
友人たちと別れたあと、菜摘はポツリと呟いた。
菜摘は、志賀と同じく、生まれながらの“スタンド使い”だった。
最初に自分の“能力”を自覚したのは、今となっては思い出すのも難しいくらい幼い頃だったと思う。
鏡やガラスや水面などの“映るもの”を覗き込むと、そこに“別の世界”が見えるのだ。
その“世界”では、魚やクラゲが空を飛び、鳥や昆虫は海の中で生活していた。
森の植物は、どれも複雑に曲がりくねって、地面から真っ直ぐに伸びているものは一つとしてなかった。
もっとも、そんな程度のことは序の口だった。
現実ではありえないような奇妙な姿の動物や、不思議な形に曲がりくねった植物――そうしたものは、ここでは当たり前に存在しているものだったのだ。
もし普通の常識を持っている大人が見続けたなら、正気を失いかねないような“奇怪な世界”も、現実に縛られない柔軟な想像力を持つ少女にとっては、飽きることがない“愉快で楽しい世界”だった。
しかし、しばらくして菜摘は、この“別世界”が、どうやら自分しか見えないらしいということを知った。
自分の見ている“別世界”のことを母に告げると、どこかおかしいのではないかという理由で、医者に連れて行かれてしまったのである。
それ以来、自分の“能力”を人に話すことはなかった。
自分が、他の子とは違う変な子だと思われるのが嫌だった。
しかし、最も身近な人間である家族からの理解を得られなかった彼女の心は、既に傷付いてしまっていた。
悪いことに、家族の方も、そのことに気付かなかった。
成長するに従って、菜摘の心の傷は大きくなり、家族とも上手くいかなくなっていった。
「自分は、他の人とは違う人間なんだ。みんなと一緒じゃないんだ」
そう思うようになった彼女は、徐々に周囲から孤立するようになり、高校生になる頃には荒れに荒れて、教師も手を焼くほどの不良少女になっていた。
授業をサボってタバコを吸い、酒を飲み、派手な化粧をする。
そんな状態だった菜摘は、いつしか一人の美術教師と親しくなった。
学校内では一番の古株で、年齢は知らなかったが、菜摘には六十歳くらいに見えた。
彼は白髪頭で、いつも顔に柔和な笑みをたたえていたものだ。
当時の菜摘は、夢や目標といったハッキリしたものは特になかったが、芸術やデザインといった領域には、ひそかに興味を抱いていた。
現実にはありえないものを表現できるという点に、誰にも言えない自分の“能力”との共通点を見出し、親近感を覚えたからだった。
ある日のこと、誰もいない美術室で、そこに置いてあった画集を眺めていた時、菜摘は後ろから声をかけられた。
「絵が好きなのかい?」
振り返ると、そこに件の教師が立っていたのである。
なんだか照れくさくなった菜摘は、急いで本を閉じて、ぶっきらぼうに言い捨てた。
「別に。そういうのじゃねーよ」
しかし、これがきっかけとなって、菜摘は彼と親交を深めるようになった。
美術のことを教えてもらうこともあり、菜摘は絵を描くことに対する興味を、更に強くしていった。
そして三年生になり、いよいよ今後の進路を決めなければならないという時期になって、今まで隠してきた“能力”の秘密を打ち明けたのである。
自分の見ている“世界”――自分だけに見えている“世界”を、目に見える形で表現したい。
そうするためには、絵で描写するしかないし、自分は絵を描くことが好きだ。
だから、将来は絵に携わる職業に就きたい。
そう訴える菜摘を前にして、先生は笑うことも気味悪がることもなく、こう言った。
「私もね、若い頃は絵を描く仕事に就きたかったんだ。でも、駄目だったよ。君には、私の分も夢を叶えて欲しい。その時が来るのを楽しみにしているよ」
「ま……任しといてよ!あたしが有名になって、センセーのことも有名にしてあげるから!ふふっ、センセーがポックリ逝っちゃう前にさ!」
「どうかな?それまで持ちこたえられるといいけどね」
放課後の美術室で、二人は笑いあった。
そして卒業式を迎えた菜摘は、先生から、一つの古い“額縁”を受け取った。
彼が若い頃に使っていたもので、卒業祝いだそうだ。
菜摘は、それを笑顔で受け取った。
荒んでいた頃の彼女は、もうどこにもいなかった。
心に強く抱いている夢が、彼女の心を真っ直ぐにしたのだ。
彼女の“スタンド”――『グロテスク・モダン・アート』が、“額縁”と一体化した姿に“成長”したのは、菜摘が面影町を訪れた当日のことだった……。

[続]

『幽霊屋敷に遊びに行こう!!』

藍沢祐樹と石神李依の両名が川内航平を追いかけていた頃、アルバイト先の喫茶店を出た七森菜摘は、顎が外れんばかりの大欠伸をしていた。
白のカジュアルシャツに紺色のベスト、またベストと同色のパンツに黒いハンチング帽という私服に着替えた彼女は、これから自宅に帰るところだった。
――けど、ヤッベーなぁ……。家賃の支払いは三日後だっていうのに、今月も払えそうにない……。まだ給料日は先だし、奨学金だって返さなきゃならないし……。あ~あ、大家に頭を下げて、どうにかするしかないかなぁ……。
ところが、菜摘は途中で不意に足を止めた。
耳をつんざくような大きな衝突音が、辺りに響き渡るのを聞いたのだ。
「……今なんか、すげーデカい音したけど。ふーん、あっちか……」
音の発生源は、菜摘が向かっていた自宅のアパートとは逆方向だった。
だが、それに興味を引かれた彼女は、迷わず引き返した。
明るい茶色のロングヘアーをなびかせて、足早に事故現場へ急ぐ。
菜摘が行ってみると、現場には既に大勢の野次馬が集まっており、彼らの話し声を聞く限り、どうやら交通事故が起こったらしい。
最後尾で精一杯の背伸びをして状況把握に努めていた菜摘だが、そこからではどうやっても詳しい様子が分からないと知るやいなや、躊躇うことなく人込みの中に突入していった。
「はいはいはいはいッ、ちょ~っと失礼!」
そう言いながら、事故現場を取り巻いている人込みを両手でかき分けて、強引に前へ出る。
欲しいものは欲しい。
したい事はしたい。
見たいものは見たい。
そうやって、自分の気持ちに嘘はつかないというのが、彼女のポリシーなのだ。
「あッ!?」
迷惑がられながらも、ようやく最前列に陣取った菜摘は、思わず声を上げてしまった。
事故を起こした青い大型トラックの上に、奇妙な姿の怪人が佇んでいるのを目撃したからだ。
それは、人間と機械が融合したようなフォルムを持つ異形の存在だった。頭を巡らせ、何かを捜すように周囲を見回している。
しかし、菜摘を除いた人々は、トラックの方に注目するばかりで、誰一人として怪人に目を向けていない。
その事から、怪人が見えているのは自分だけである事に、菜摘は気付いた。
自分に見えて、他人には見えない――つまり、この怪人の正体は一つしか考えられない。
――見つけたッ!“新手のスタンド”!!よしよし、逃げられる前に……。
即座に鞄からスケッチブックを取り出した菜摘は、ベストの胸ポケットに挿していたボールペンで、目の前にいる“スタンド”の姿を描き写し始めた。
画家・イラストレーター志望という謳い文句は伊達ではない。
美術大学に通っていることもあり、彼女は言葉に見合うだけの実力を持っている。
その証拠に、確かな観察眼で捉えられた“新手のスタンド”の全容は、速さと緻密さを兼ね備えた巧みな筆致によって、真っ白い紙の上に見る見る描かれていく。
誰かが呼んだ救急車とパトカーが到着したのは、菜摘がスケッチを終えるのと、ほぼ同時だった。
時間にして、僅か一分にも満たない早業だ。
しかし、菜摘がサイレンの音に気を取られている隙に、“新手のスタンド”も行方をくらませていた。
慌てて捜しても、もう姿は見えない。
菜摘は、思わず舌打ちした。
「……ま、いいか。とりあえず、今ある情報だけでも持っていこう。いくらで買ってくれっかな~」
鼻歌交じりに呟きながら、上機嫌で野次馬の群れから抜け出す。
行き先は、志賀利光が宿泊しているオリエンタル・ホテルだ。
“スタンド使い”の出現に伴って発生する、人知を超えた凶悪犯罪――それらを取り締まり、元凶である“矢の男”を捕らえる為に、警察庁から秘密裏に派遣された特命捜査官という肩書きが、菜摘に対して志賀が説明した素性だった。
その際には、警察手帳も――名前と同様に偽造だが――提示している。
生まれつきの“スタンド使い”同士という縁があったせいか、偶然に彼と出会った菜摘は、条件付きで協力を申し出た。
すなわち報酬である。
かくして菜摘は、スタンドに関する事件の情報提供および捜査協力と引き換えに、志賀から金銭を受け取るという契約を交わしていた。
言うまでもないが、これから志賀に会いに行き、ついさっき入手したばかりの新鮮な情報を買ってもらおうというつもりなのだ。
“本体”の情報ではないから値は下がるだろうが、売れないことはない。
それを頭金という扱いにして、とりあえず家賃の支払いを待ってもらおう。
そう考えた菜摘は、さっさと現場から立ち去ってしまった。
もし、彼女がもう少し待っていれば、“スタンド”の“本体”を確認することが出来た筈だ。
しかし、互いにとって幸か不幸か、この時に両者が出会うことは避けられたのである。
自分が目撃した“スタンド”の“本体”が、向こうから息を切らしながら走ってくる少年――さっきまで店にいた少年でもある――だということを、菜摘は知る由もなかった。

「――で、その事故の原因が多分コイツよ、コイツ。かなり凶悪な“スタンド”に間違いないわね」
「ふん……。それで、“本体”は見たのか」
オリエンタル・ホテルのラウンジで、コーヒーカップに口をつけていた志賀は、菜摘からスケッチブックを受け取って言った。
彼の向かいの席に腰を下ろした菜摘が、仕入れた情報を売り込んでいる。
内容を誇張して、出来る限り大袈裟に仕立て上げているものの、それを見抜いている志賀は、大して気に留めていないようだ。
「あー、ダメダメ。野次馬が集まっててさ。あれじゃあ分かんないよ。“砂漠に落とした米粒”捜すようなモンで。すみませ~ん。注文いいです?」
「参考にならんな。お前が持ってきた情報だけでは、この“スタンド”の“能力”どころか、近距離型か遠距離型か、それすら分からん」
「そんなこと言ったって仕方ないでしょ。あたしだって……。あ、ジンジャーエール下さい」
志賀に言われた菜摘は、呼びかけに応じて注文を取りに来たウエイターに、不満そうな表情で告げた。
「とにかく仕事は果たしたんだからさぁ……」
猫のように大きな瞳が、クルクルと動く。
両方の手の平を擦り合わせ、何か言いたそうな視線を送る菜摘の眼前で、銀色に光る小さなものが放物線を描いた。
反射的に、それを両手でキャッチする。
飛んできたのは、志賀の親指で弾かれた百円硬貨だった。
受け取った菜摘は、硬貨と志賀の顔を、不思議そうに見比べて尋ねた。
「何これ?」
「今回の報酬だ」
投げかけられた問いに対する志賀の答えは、あくまでも簡潔だった。
口の両端が引きつり、不自然な笑いを浮かべた菜摘は、なおも食い下がる。
「まったまた……。冗談でしょ?これっぽっちじゃあ、イマドキ幼稚園児だって喜ばねーって……」
「結果を出さない人間に出す金はない。それが、お前の働きに応じた正当な金額だ」
「げッ、マジなの!?今月ヤバいんだって。家賃だって二ヶ月滞納してるしさ。アパート追い出されちゃうよぉ~。頼むから、もうちょいイロ付けてよ。お願いッ!」
「――ダメだな。これは遊びじゃあないんだ」
再びコーヒーを飲んだ志賀は、菜摘の切実な懇願を一蹴する。
そこにウエイターが来て、菜摘が注文した品と伝票を置いて行った。
何を言っても無駄だと悟った菜摘は、グラスに添えられていたストローを無視すると、あからさまな膨れっ面でジンジャーエールを一気飲みした。
志賀は、更に続けて言う。
「“矢の男”に関する有力な情報が何一つない現状では、シラミ潰しに“スタンド使い”と接触して、そいつが知っていることを吐かせる以外に手がかりを得る手段はないんだ。この次は、もっとマシな情報を持ってこい」
生姜の辛味が効いた泡立つ琥珀色のジンジャーエールを、喉を鳴らして飲み干した菜摘は、それこそ叩きつけるような勢いで、空になったグラスをテーブルに置いた。
「あー、分かりました分かりましたよッ!持ってくりゃあいいんでしょ。持ってくりゃあ!」
そう言うと、隣の椅子に置いてあった鞄を引っ掴み、ラウンジを出てホテルの入口に向かう。
もちろん、飲み物の代金は払っていない。
大学の学費も自分で出している苦学生の彼女は、支払いを他人に押し付けることを決して忘れていなかった。
――こうなったら、さっきの“スタンド”をもう一回見つけ出して、その“本体”をとっ捕まえるしかない!あの嫌味ったらしい大家のババアにコビ売るなんて、やっぱりまっぴらよッ!
「うっし!」
一人で勢い込んだ菜摘は、再び街に出掛けて行った――。

[続]

今回のスタンドデータ

本体:川内航平
“スタンド使い”になる以前から、スリ師として生計を立てていた男。
スリの腕前に加えて、陸上競技仕込みによる足の速さと、雑踏の間を駆け抜ける軽快なフットワークを合わせ持つ。
面影町内を管轄する面影警察署からは、“イダテン”という通称が付けられている。
年齢21歳。
スタンド名:ダーティー・フィンガーズ
タイプ:装着型
ヴィジョン:本体の両手を覆う黒い手袋
破壊力:C スピード:C 射程距離:B 持続力:C 精密動作性:B 成長性:D
能力:射程内に存在する“手(腕)”を乗っ取り、本体の意思で自由に操る。
対象に出来るのは、同時に四本まで。
また、人間や動物の“手”だけではなく、機械のアームなど“手”としての役割を持っているものなら操る対象に出来る。

本体:藍沢祐樹
スタンド名:ボトム・オブ・ザ・トップ(成長後)
タイプ:近距離パワー型
ヴィジョン:胸と両肩に“メーター”が組み込まれた人型。白と黒のツートンカラー。顔は半透明の黒いカバー(マスク)で覆われている。
破壊力:E~A(通常時C) スピード:E~A(通常時C) 射程距離:E~A(通常時C) 持続力:C 精密動作性:C 成長性:A
能力:破壊力、スピード、射程距離の三つをコントロールし、どれか一つを犠牲にして、別の一つを強化する。
以前は、射程距離を伸ばす為にはパワーとスピードの両方を犠牲にする必要があったが、“スタンド”の成長によって、現在は条件が軽くなっている。
今後の成長次第では、他の性能も制御出来るようになる可能性がある。
プロフィール

研究員D

Author:研究員D
「ギリギリ映らない画面端にいるエキストラ研究員」のイメージというのが名前の由来。
基本的に特撮ヲタ。
また、マイナーなものに惹かれる体質。
特撮全般および一部のアニメや漫画(マイナー作品とか古いの)を愛する。

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